『命をつなぐ』ということ。

Okada Morio (オカダ モリオ)
岡田 守生
出典 D’s(ディーズ)さんのぶろぐ
2010年1月31日
許可を得て複製

実際には2時間ほど仮眠がとれたのですが、それでもこの歳になると睡眠不足は応えます。。。

昨晩夜半に岡崎の愛知病院へお迎えに伺った故人様のお通夜が、今日行われました。 で、今日の司式を執り行ったのは、別の教会の神父様でした。 ただこの神父様、以前にカトリック岡崎教会に赴任されていた経緯もあって、このたびの司式と相成りました。 この神父様とはもう20年以上のお付き合いでして、はっきり言ってお互い敬語はナシ(笑)

「おう、オカダくぅ〜ん」

「なァによ “ トヨさ〜ん(この神父様の愛称)”」

。。。はたしてこれで良いのか悪いのか。。。(汗)

亡くなられたのは老齢の女性だったのですが、お子様、お孫様、そしてひ孫さんまでいらっしゃって、 とてもアットホームな雰囲気でのお通夜式でした。

通夜式の中での『説教』なかなか良かった。 式中、まだ幼いひ孫さんがキャッキャと聖堂の中を走り回っていたのですが・・・

「亡くなられた方は、若かりし頃にご自分のお子さんを亡くされたというご経験をされました。 それをきっかけに、ご本人はカトリックに救いと癒しを求められ、洗礼を受けられたそうです。 恐らく故人は『命をつなぐ』ことの大切さと尊さを、身を以て感じられたのでしょう。 今こうして笑いながら駆け回るひ孫さんの様子さえ、故人にとっては何よりの慰めなのではないでしょうか」

参列者からの微笑ましい笑いは、いつしかすすり泣きへ。

故人にとっての『慰め』と『癒し』。 それは人それぞれかとは思います。 しかし、人間にもまた『命をつなぐ』という尊い営みがあります。 それが『母』であれば尚更のことでしょう。

お葬式というのは、亡くなった方と遺された方がお互いに 「ありがとう」と囁き合う場所でもあるのです。

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