それは結婚ではない!

Novotny, Jerry (OMI) (ノボトニー・ジェリー )
2017年2月21日
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従来の価値観、原則、信教の自由が少しずつ崩れ、破滅に向かう道が続いている。最新の問題として同性婚に注目が集まっている。アイルランドは「一般投票」で同性婚が合法化された最初の国になった。それから間もなく、米国の最高裁判所が5対4で同性婚を合法化した。こうした民主主義国であっても、国民が声を上げ、投票することはできなかった。判断を下したのは5人の裁判官である。同性婚は本当に結婚なのだろうか?

反対者の攻撃はあるが、カトリック教会の立場は長年変わっていない。結婚は男女が相補うものであるという事実に基づいている。生殖は男女の間で行われるという医学的事実がある。子供には母親と父親が必要なことが研究で確認されている。結婚の定義を変えることは、こうした事実を否定することに他ならない。

新約聖書では、結婚に対する神の計画が明白である。この計画において、同性愛は完全に排除されている。「神ははじめに男と女を作った」「このために、男は自分の父と母を離れて,自分の[『夫』ではなく]妻と結び付く」(マタイ19:4-5)という一節を読んだことはないだろうか?

結婚はひとりの男とひとりの女の結合として神が創造した制度である。同性同士の結合を5人の裁判官が合法化することには何の意味もない。酪農家が2頭の雄牛を使って牛の数を増やそうとしているようなものである。正常な雄牛は別の雄牛に性的な関心を持たない。常識ある人は同性愛が自然でないとわかっている。

ローマカトリック教会の教義において、同性愛は次の2つの形で考えられている。(1)「同性愛指向」は「不秩序」とみなされるが罪ではない。(2)「同性愛的行為」は自然の法則に反することから、「同性愛の性行為」は「道徳的な不秩序」で、罪であるとみなされる。この性行為によって子供はできない。詳細は性の倫理を扱う教会文書の「Persona Humana(人間人格)」に記載されている。

2000年、ヨハネ・パウロ2世は、男女間の結婚を人間の真実の基本的な部分であり、社会の基本単位であると発言した。

同性婚の犠牲者は誰か?子供たちである。国際連合は、「自然な家族」を守り、子供たちを保護するのは、政府の基本的義務であると述べている。同性婚は、母親と父親に対する子供の権利を否定するものである。

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