人間の巨大な破壊力

Novotny, Jerry (OMI) (ノボトニー・ジェリー )
Fighting For the Culture Of Life
英語原文: Man’s enormous destructive power
2016年8月08日掲載
許可を得て複製

通勤通学前に家族で朝食を摂っていた罪のない人々に米国が原子爆弾を投下して71年がたった。原子爆弾が初めて投下された都市は広島だった。時刻は1945年8月6日8:15am。わずか数分で、赤ん坊、学童、母親、祖父母を含む町全体が完全に消失した。放射線は非常に強力で、即死しなかった人々は、その後数週間、数カ月、数年たって被爆により死亡した。医師、看護師、医療施設の90%が破壊され、苦痛と苦悩は大変なものだったに違いない。「リトルボーイ」ー戦争で初めて使われたウラン・ガンタイプ原子爆弾につけられた名称ーは90,000ー146,000人の広島の人々を殺害したと考えられている。

3日後の8月9日、米国は「ファットマン」と名付けられたプルトニウム・インプロージョンタイプの原爆を長崎に投下した。このときの死者は39,000ー80,000だった。ウィキペディアによると、各都市とも死亡者の約半数が初日に死亡しているが、いずれも死亡者の大半は市民だった。

死亡した人は損傷が激しく、正確な人数もわからなければ、名前さえわかっていない。被害者の多くは永遠に名無しのままである。

核兵器に対する国際運動(ICAN)は、これらの核爆弾の犠牲者を追悼してビデオを作成した。ここをクリック:

現在、多くの国の政府が核兵器を禁止する条約の締結に向けた交渉の可否を判断しようとしている。

教皇フランシスは次のように述べている「1945年8月6日と9日、広島と長崎に恐ろしい核爆弾が投下されました。長い年月が経過して尚、この悲惨な出来事は恐怖と憎悪を思い起こさせます。」...「このこと(出来事)は、科学と技術の進歩をゆがんだ方法で使用した人類の巨大な破壊力を示す象徴となっています。」

教皇フランシスは、「祈りを捧げ、平和のために努力し、人々の平和的な共存という環境を作ることを私たちに促して」いる。また、教皇は次のようにも付け加えている。「私たちが、戦争や暴力を認めず、対話と平和を肯定する声を上げるべきです。戦争で勝つ人はいません。戦争に勝つ唯一の方法は、決して戦争を行わないことです。」

戦争に変わる非暴力的な方法を模索するときが来ている。聖書と教皇フランシスは以下の3点を提案している:(1)貧しい人たちのために正義を守る;(2)平和の基盤を作る;(3)子供たちのために核のない未来を模索する。この精神において、私たちは平和と兵器や戦争のない世界という聖書の考えに対する責任を新たにすることができます。預言者イザヤは、こうしたアプローチを強く支持している。彼は次のように述べている「主は国々の争いを裁き、多くの民を戒められる。 彼らは剣を打ち直して鋤とし 槍を打ち直して、鎌とする。 国は国に向かって、剣を上げず もはや戦うことを学ばない。」 (イザヤの書 2:4)

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