「姿なき世代 」  若い性産業労働者

Novotny, Jerry (OMI) (ノボトニー・ジェリー )
OMI Japan Korea
Oblate Missionaries in Far East
英語原文
2014年4月21日掲載
翻訳者 佐倉 泉 / 大岡 滋子
許可を得て複製

昨年末に向けて、私にはタイで、いくつかのHIV /エイズ会議に参加する機会があった。会議は、多かれ少なかれ、私が予想していたとおりだった。 多くの講師の講話は解決策よりも多くの問題を残したのだ。しかし、旅行は完全な無駄でなかった。ある晩、HIV /エイズの子どもたちを助ける活動に打ち込んでいる親友のイタリア人宣教師は、 若者たちの現状とバンコクの性産業の見学に連れ出してくれた。そこで見たものは、 同じ問題に直面する多くのアジアの都市の象徴である。性産業は、 東南アジアの隅から隅まで驚くべき数の性産業従事者を生み出し、HIV/エイズの蔓延は憂慮すべき速度で進行している 。私は、ゴーゴーダンスバーやビールバーで働く男性、女性、トランスジェンダー、 そしてニューハーフの性産業労働者たちを直に観察することができた。1地区の街をさまよう膨大な数の人々の群れが、 今も目に浮かぶ。タイの貧困に打ち拉がれた若者たちは、しばしば故郷の家族を支えるために、性産業に引きつけられるが 、その主要な理由は、その仕事で得られる収入のほうが、彼らが就ける他の仕事で稼ぐより多いからである。その夜、 私の周りにいた群衆は笑いに包まれていた、しかし多くの目は、自分自身の置かれた状況のため、生きることの痛みを表し 、悲しみに満ちていた。その晩、一軒のバーで私の隣に座って、顔には永久の微笑を浮かべながら、 空を見つめていた1人の少女の姿が、いまだに私の心に焼き付いている。私の心は彼女への共感でいっぱいになったが、 言葉の壁のため、コミュニケーションは不可能だった。環境に捕えられ自由を奪われた若い魂。セックスワーカーは、 絶えずバーからバーへ、タイの1つの地域から別の地域へ移動し、病気になるもの、刑務所に入るもの、 外国人と結婚して母国を離れるものもいると言う。

私たちがゴーゴー・バーを立ち去るとき、その少女は脇の方に立っていた、そして、私が彼女の視線をとらえると、 少女は腰のあたりで小さくひっそりと別れのあいさつに手を振り、群衆にとけ込んで行った。この短い出会いは、 いまだに私を苦しめる。私は、これらの「姿なき若者たち」の人生を破滅させる性産業に怒りをおぼえる。 どのタイの少年少女も、売春婦になることを夢見たりなどしない。誰も、生活のために自分の体を売る夢など抱かない。 ほとんどは、全くの経済的必要性からこの仕事に就くのである。

たとえばタイ、カンボジア、フィリピンのような貧困地域は、東南アジアのセックス観光バーの温床である。 何度もこの短い経験を振り返って、私の心は、「人類に起こっていること」を思いめぐらし続ける: 妊娠中絶と生まれ来ることのない赤ん坊たち、安楽死と高齢者、セックス産業と若者たち。神の国は、どこにあるのか?  神の民は、どこにいるのか? いのちの文化はどこにあるのか?

神の祝福がありますように

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