遺伝的無法者になったママたち

Reist, Melinda T. (レイスト・メリンダ)
翻訳者:佐倉 泉
2006-05-27
許可を得て複製

完璧に劣る子どもの堕胎に抵抗する女性たち

オーストラリア、パッラマッタParramatta、2006年5月27日 − 私たちの社会はますます完璧さを要求するようになり、問題があると診断された赤ん坊は、堕胎されることの方がそうでない場合よりも多くなっています。しかし一部の女性たちは、プレッシャーをはねのけて、障害を負った子どもを出産しています。

オーストラリア人研究者・活動家であるメリンダ・タンカード・ライストは、こういった何人もの女性たちの話を集め、『Defiant Birth: Women Who Resist Medical Eugenics生の挑戦:医療現場の優生思想に抵抗する女性たち』(Spinifex Press)という題の本を出版しました。本の大部分は、女性たちによる一人称の証言から成っています。

序文のエッセーで、女性フォーラム・オーストラリアの創立者・会長であるタンカード・ライストは、障害を恐れる社会に立ち向かい、遺伝的な承認を得ずに子どもを産もうと決心する女性たちの全般的な状況を描いています。タンカード・ライストは述べています。「彼女たちはある意味で、遺伝的無法者となっています。」

また、一部の女性たちの体験は、医療に対する疑問を引き起こします。ある女性たちは、出生前の子どもたちに関して深刻な診断を受けました。後にこの子どもたちは生まれ、何の問題もないこともあれば、あるいは予告されていたよりもずっと軽度の障害しかない場合もありました。一部の医者は、障害があると診断された子どもの堕胎を拒んだ女性たちに対して、医療の助けを拒否することさえありました。

事実、女性たちの望みが無視されることがますます頻繁に起きています。紹介されているある女性の場合は、超音波の診断を受ける前に、何か問題があっても知りたくないと医師に告げていました。しかし、超音波画像を家に持ち帰ったところ、その上に障害の可能性を解説する数多くの書き込みがありました。後に、子どもは書き込まれていたような障害を何一つ持たずに生まれました。

タンカード・ライストは述べています。結論として、出生前診断は、女性により多くの力を与える(「選択の権利」を主張する人々の言い分の一つです)代わりに、現実は、障害者に対する社会的偏見に女性が同化するようにと加えられる、圧力になっているのです。

言葉にならないaで始まる言葉−abortion中絶

遺伝子検査に伴う、さらに巧妙な悪意に満ちた危険がもう一つあります。スクリーニングと中絶は、出生前の手順の型どおりの流れの一部になってしまう、とタンカード・ライストは論じています。出生前診断が行われる前には、中絶の可能性について触れられることさえないかもしれませんが、問題が感知されたとき、あらゆる選択肢が十分に説明されないかもしれないのです。

ナタリー・ウィザースの場合、そうでした。彼女の四番目の子どもは、心臓の欠陥とそのほかの問題があると診断されました。「中絶」という言葉が関係者の口に上ることさえなかった、と彼女はタンカード・ライストに語っています。ただ、妊娠20週目に「出産促進」の話が出ただけでした。陣痛が始まってはじめて、赤ん坊は死産になるか、あるいは生まれてすぐに亡くなるかもしれないと告げられた、と彼女は言います。すべてが終わってしまった後になって(赤ちゃんは生き延びられませんでした)、娘のような状況で生まれた子どもでも、適切な処置を受ければ生存し、元気になるということを彼女は知ったのです。

こうして女性たちは、「お医者さんが最善の判断をしてくれる」という考え方に無邪気に従った結果、犠牲者になることがありうるのです。完璧な子どもとはいかにあるべきかという型にはまった通念が優先され、自分たちの望みや選択がないがしろにされているとわかったときには、もはや遅すぎることになる、とタンカード・ライストは言います。自分たちに何が起きているかに気づいたとき、教育レベルの高い女性でも医療専門家の意向に反する選択を行う場合、困難を経験することがあります。

しばしば、女性に与えられる情報は、中絶へと促す偏ったものです。多くの場合、両親は、子どもの障害の性質をよりよく理解するのを助けてくれるようなグループに紹介されることはありません。そのため、子どもがどのように成長するのか、どのような援助を受ける可能性があるのかなど、親は情報を得るのが難しくなります。

出生前診断にまつわるそのほかの問題としては、障害の可能性が診断されたときのトラウマや不安への対処に関わる問題があります。子どもに障害があると告げられた多くの女性が、深刻なショック、苦悩、パニックに陥ることを示すいくつもの研究をタンカード・ライストは紹介しています。こうした心理的圧迫は、母親、および生まれてくる子どもの心身のすこやかさに害を及ぼすことさえありうるのです。

物理的リスクの危険性もあります。一部の専門家は、悪影響についての適正な評価もないままに超音波機器を頻繁に使用することに疑問を投げかけています。また、本書で引用されているある代謝分析研究meta-analysisによれば、母親の子宮から分析のために羊水サンプルを取る羊水診断は、125件に1件の割合で胎児の死亡につながっています。また別の研究によると、この診断によって発見される1件の障害につき、四人の健康な胎児が診断の影響で流産しています。

また時には、診断は正しくないのです。300人の胎児の解剖を行った研究によると、出生前に障害が仮定されたケースのうち、実際に障害を確認できたのは39パーセントしかありませんでした。

非人間化

障害のある子どもの中絶という行為の背後にある優生思想のメンタリティーは、時にはもっとあからさまになります。例えば、イングランドとウェールズの産科医に調査を行った結果、子どもに障害のあることがわかった場合、出生前診断を受ける以前でさえ、妊娠中絶のために女性の同意が必要だと考えているのは、医師のうちの3分の1だけでした。

このような医療の背後には、障害のある子どもが生まれてくることを許せば、子どもたちに一人前でない人生を負わせ、世の中の惨めさを増すだけだという考え方が見え隠れしています。それによって、健康への関心という仮面の裏に隠れた新しい形の優生思想が広まりつつある、とタンカード・ライストは警告しています。そして、このような論理の流れに追従する人々は、最終的には、完璧より劣る子どもたちの選別と排除、一種の幼児虐殺に黙従することになりかねない、と付け加えています。

このようなメンタリティーは、現代社会に高まっている完璧さの追求を反映しているといえます。このような傾向の表れは、やせるための過剰なダイエットや、ますます広まっている美容整形などにも見られます。ジェームズ・ワトソンやピーター・シンガーなど、何人もの著名な遺伝学者や倫理学者たちが、より完全な赤ん坊をデザインするための遺伝子操作技術の使用をあからさまに支持しています。

医療費がますます高くなっていることも、障害のある子どもの中絶を母親に促すプレッシャーになっています。時には、障害のある子どもを中絶しないこと選択した両親は、社会に「重荷を負わせた」無責任さの罪悪感を押しつけられます。

タンカード・ライストはオーストラリア人遺伝学者グラント・サザーランドの主張を紹介しています。サザーランドは、一人のダウン症の子どもが生まれてくることを防ぐことによって、社会は百万ドル以上を節約することになると述べ、妊婦をスクリーニングする公立の診療所を設置するよう、行政府に促しています。

このような経済的圧力はほかの分野にも及んでいます。例えば、遺伝的欠陥を持つ人々が保険に加入したり、子どもを養子にする許可を取ったりするのがますます難しくなっていることなどです。

健康なハリソンちゃん

先の日曜日に、ロンドンの新聞Telegraphに掲載されたあるリポートは、『Defiant Birth』で取り上げられた問題の重さに焦点を当てています。リーサ・グリーンは妊娠35週目に子どもがダウン症であると診断され、医師たちに中絶を勧められました。

医者は、この子どもを出産することのネガティブな側面だけを告げた、とグリーンは言います。彼女はこの勧めを拒否し、二週間後、ハリソンと名づけられた赤ちゃんを産みました。ハリソンは現在2歳になります。母親によれば、ハリソンは「幸せで健康な」子ども、と新聞は伝えています。

同じ日に掲載された社説で、Telegraph紙は、妊娠のかなりの後期に子どもを中絶する行為について触れています。「こういった妊娠を『終結』させる行為が子どもの殺戮とどう違うのかを説明することは、もし不可能でないとすれば、非常に困難である。」このような殺戮は、新たな優生思想のメンタリティーが社会に広まるかぎり続くでしょう。


[メリンダ・タンカード・ライスト氏の著書『Defiant Birth生の挑戦』は、世界各地での宣伝促進の一環として、6月1日、午後5時45分、ローマのサン・ジョヴァンニ・フィオレンティーニ美術館にてプレゼンテーションが行われます。]

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