ヒト胚性幹細胞研究(hescr)の最新情報

Kischer, C. Ward (C. ウォード・キッシャー)
July 10, 2006
許可を得て複製
英語原文より翻訳: www.lifeissues.net

I. 「幹細胞」という言葉を勝手に使うこと

「ヒト胚性幹細胞」というフレーズの使用には、多くのまやかしがあるにも関わらず、長年にわたって利用されている。そのような細胞は存在しない。このフレーズの使われ方では、早期のヒト胚の細胞と「幹細胞」が同等視されている。 

これは、早期のヒト胚細胞は全能性であるという前提に基づいている。すなわち、これらの細胞の各々が新しい個を形成し、200以上にもなるその組織を形成するという前提である。その意味で、これらは「幹細胞」と称されている。ただし、言葉の本当の意味では、幹細胞は、その定義上、部分的に分化したもので、完全に分化したものではない。事実上、成人の体組織の各々に幹細胞が存在する。それらは、失われた細胞の代わりとなり、組織を修正するために存在している。適切な刺激を受けると、幹細胞は2つの娘細胞に分裂し、1つが存在する組織の分化した経路となり、もう1つは残った幹細胞のプールで保管される。例えば、消化管の裏層のほぼすべてが、その幹細胞の活動によって8日ごとに新しいものに置き換わっている。末梢血液や骨髄内の幹細胞など、一部の幹細胞は、適切な刺激を受けることで、驚くべき可塑性を発揮し、残っている組織細胞のその他の種類へと形を変えることができる。

胚は、受精から8週間目の終わりに適用される用語である。この期間に幹細胞が発生するのかどうかは誰にもわからない。これらは幹細胞でないと考えるのが妥当である。胎児という用語は、9週目の始めから妊娠期の終わりまでの発達に適用される。この期間に、一部の幹細胞が発生することは間違いない。ただし、それがいつどこで起こるかを証明する研究は行なわれていない。

a. hescrの論理的根拠

今日のhescrという専門用語は、早期のヒト胚細胞と幹細胞を同一のものとして扱っている。それは、上記に定義したように、これらの細胞が全能であることに基づいている。この条件は、下等生物において実験的に証明されている。IVF(体外受精)の研究施設では、多くの場合、4個から8個のヒト胚から1個の分割球(細胞)を取り出し、特定の遺伝性疾患がないか確認する。検査結果が陽性なら、その早期胚の細胞すべても同様と考え、胚全部を廃棄する。検査結果が陰性なら、残りの胚を卵管に注入し、適切な刺激を加えることで、妊娠に至ると考えられる。

通常、3個から4個の胚を着床する。ただし、成功率はわずか15‐20%である。3個から4個着床された中で、通常1個だけが生存する理由はわかっていない。それにも関わらず、ある胚の残りの3個から7個の細胞が事実上全能であり、誕生したヒトが早期胚の時点で1個の細胞を失ったことによる欠陥を示さないことは明らかである。  

早期胚から取り出された1つの細胞が、発達全体の起点になるのかという疑問が生じる。決定的な証拠を発表した同僚が近くにいるわけではない。ただし、その事例を示すオンラインレポートが専門の不妊治療クリニックから報告されている。

この手法については、余分となった健康なヒト胚が破壊されることに対して倫理面で反発がある。      

したがって、接合子、あるいは全能胚細胞を「幹細胞」と主張することは拡大解釈であり、不正確である。確かに、接合子から発達して妊娠期間を経て乳児になるが、その途中で、体の200以上のさまざまな組織に分化するのである。ヒト胚性幹細胞(hesc)を培養するこうした取り組みで望まれることは、ある組織の本当の幹細胞を得ることだが、実際に行なわれていることはそれとは異なる。残念ながら、胚細胞を培養すると、それらは分化しようとするが、そのプロセスを止めることはできない。培養した胚細胞を実験用マウスに注入すると、腫瘍が形成される。

分化をコントロールすることが明白になる可能性があり、そうしたコントロールがどんなものかがわからないため、早期胚細胞から細胞を培養することは称賛に値する努力である。

ただし、人体の200以上の組織の正常な分化において、細胞が無数に生成されることを考慮する。1つの生成から次の生成へのそうしたプロセスにおいて、刺激物質、抑制物質などの化学物質が細胞間を行き来したり、1つの細胞群から隣の細胞群や離れた細胞群に送られたりする。培養された細胞では、こうした交換の多くが行われないと考えられる。それによって何が失われるのか?それは誰にもわからない。

では、どこから始めればよいのか?第一に、動物モデルを使った研究を行なう。第二に、ある組織内の本物の幹細胞の特定を行なう。それらの細胞の特徴を明らかにする。第三に、それができたら、そうした細胞の治療効果を評価する。これは、提案されている幹細胞研究の最も難しい側面と考えられる。そのためには、いわゆる幹細胞を成人の組織の罹患部分または損傷部分に正確に投入(または注入)する必要がある。ただし、それには、損傷または罹患組織の状態を考慮して正確なタイミングも求められる。そうしたメカニズムはまだ解明されていない。

b. 今日の幹細胞

2006年2月26日、日曜の番組「60 Minutes」がhescrについて報道した。コメントすべき内容として下記の2点がある。

第1に、ヒト胚性「幹細胞」を培養することで鼓動するヒト心筋細胞を入手し、損傷を受けた心臓の修復に注入または適用することができると説明されていた。成人の心臓組織は幹細胞を持たない。完全に「鼓動している」ヒト心筋細胞の適用は幹細胞研究の例にはならず、簡単な手順でもない。合併症の問題があることは言及されなかった。

第2に、hescに今後期待できる使用例として、番組ホストのEd Bradleyは、バッテン病を例に挙げ、それを患う子どもを紹介した。これは、家族性(遺伝性)疾患で、重篤な精神薄弱の原因になる。この症例において、治療を目的に幹細胞の使い方を判断することは、不可能でないまでも困難である。例えば、損傷を受けたニューロンを交換する場合、ニューロンの新しいネットワークはどのように構築されるのか?考案されている治療手順について、何も説明はなかった。

II. 拒絶反応の問題

ヒト胚から生成される幹細胞の治療的利用が言及される場合、自家移植の幹細胞の必要性について語られることは、あったとしても極めて少ない。すなわち、入手する幹細胞は、それを適用する同じ人(患者)から生成されなければならない、ということである。そうでない場合、幹細胞が拒絶されることになる。

拒絶反応を避けるために、クローン作成手段を利用する必要がある。その場合は、体細胞核移植(scnt)に成人細胞の核を使用することになる。こうした方法には問題が多く、今日まで、幹細胞の培養を奨励するような結果は得られていない。   

III. 最近のディベート

プリンストン大学政治学部のRobert George教授の主催により、2006年4月19日にプリンストン大学で開かれた最近のディベートを入手した。幹細胞に関するこのディベートは、この話題について生徒が作成した「ドキュメンタリー」フィルムが上映された後に行なわれた。ディベートの一方は、分子生物学者のLee Silver教授、プリンストン大学学長のShirley Tilghman、生物倫理学者のPeter Singer教授だった。もう一方は、Robert George教授と彼の研究アシスタントを務めるRyan Andersonだった。ヒト胚性幹細胞研究に好意的な現在の論調が、無意味なものから、常識あるいは事実に基づいた知識に至っていないことを示すために、SilverおよびTilghmanのコメントの一部を下記に再現する。SilverとTilghmanのコメントには引用符をつけ、続いて私の反論を太字で示した。

(Silver:)「私個人は、胚はヒトではないと考えている。胚は細胞の集りである。発達が進むとあいまいになってくる。ヒトの生命がいつから始まるのか、私にはわからない。しかし、着床するまでは、外見において独自の人間らしさを示さない細胞の集りであることは明らかである。したがって、私は以上のように考えている。私は自分の考えを他の人に押し付けているとは思わない。しかし、他の人に理解してもらうため(原文のまま)私がすることは、その他の信条を持つための聖書に基ずく基準である。」

Silverは、分子生物学の教授である。しかし、彼が高校生でも知っているヒト発生学について、事実上、何も知らないことは明らかである。胚は単なる「細胞の集り」なのだろうか?ヒトの独自の性質は、受精と共に始まる。受精という行為の間に、さまざまな生物学的変化が起こり、その瞬間から、それはヒトという種にとって「独自のもの」となるのである。彼は「胚はヒトではない」と述べている。1930年代に、アドルフ・ヒトラーは、ユダヤ人、ジプシー、スラブ人などはヒトではないと宣言した。これは「劣等人種」(人間以下)という彼の概念であり、「Lebens unwerten leben」(生きるに値しない命)という自明の理を引き起こした。Silverは専制主義者なのか?続きを読んでほしい。

(Tilghman:)「幹細胞のディベートにおいて、この難しい問題に関して、受精卵から発生し、1つの細胞が64の細胞に分裂して胚盤胞‐我々は科学的にこう呼んでいる‐となった細胞の小さな球(私の誇張)の道徳的権利に関して、別々の立場から大きく異なる見解が出されている。問題は、その細胞の球が、胚として、胎児として、新生児として、成人として、法律の下で同じ権利と特権を持ち、保護を受けるに値するとあなたが考えるかどうかである。これは科学的な問題ではない。これは道徳的な問題であり、人によって考え方が違ってくる。」

Tilghman学長は分子生物学の教授で、Silverと同じ知識不足を患っている。自分の研究分野である生物学についてほとんど知らない彼女のような人物が、有名大学の学長になっていることに驚きを感じる。何より、早期のヒト胚を「細胞の小さな球」と称していることから、彼女がサイズに強い関心があることがわかる。彼女は、大きな人間より「小さな」人間はヒトとして劣ると見ているのか?また、彼女(およびSilver)は、「連続体」の事実を理解していない。接合子、桑実胚、胞胚、胚盤胞(これらはすべて胚に適用される単語)、胎児といった用語は、分類学的な意味においてのみ価値がある。発達のすべてが1つの連続体なのである。用語は、発生学者同士の話をわかりやすくするものでしかない。各々の進歩の瞬間が次の進歩の瞬間に融合し、発達の各々の段階は、その直前の瞬間からその意義を得る。Tilghmanは、胚または胎児の「権利」は「道徳上の問題」であると主張している。しかし、Tilghmanは道徳的相対論を用いて、政治的な問題に直接結び付けているというのが事実である。

TilghmanやSilverは、受精から‐いつ起こるかに関わらず‐その死まで、生命の年齢に関わらず、その科学的価値が同等であることを理解していない。なぜなら、生命のどの特徴も、時期によって異なるものの、大きさ、形状、内容、機能、外見など、常に変化しているからである。

(Silver:)「はっきりとしたものではないが、どこで線引きを行なうべきかわからない、というのが私自身の見解である。私の意見では、1」そのような線引きを行なうのは非常に難しい、2」社会は、何らかの形で、場合によっては独断で(私の誇張)線を引かなければならない、3」私は、中絶に関するディベートを自分の子どもをどうするか決める女性の権利の問題と考えている。」

さて、さて。Silverは、ついに認めた。彼は独断的である。そこで、議論は誰がより大きな権限を持っているかに絞られる!ロー対ウェード裁判以降明らかになったことだが、最高裁判所でさえ独断を行なっている。SilverとTilghmanが示唆しているように、ヒト発生学の事実に基づく知識は軽視されている。彼らは事実を無視し、「宗教的信念」の1つに議論を縮小し、最終的には大きな「権限」‐ロー対ウェード裁判(およびドー対ボルトン裁判)‐に頼ることで、尊大な態度でばかげたこと言ったり、はぐらかしたりしているのである。

IV. 結論

ヒト胚性幹細胞の研究が現在広く進められており、そうした研究の第一線として一部の有名大学がヘッドラインを飾っているが、有望な結果を残しているところはほとんどない。私は科学者として、下記の3つの分野における幹細胞研究の最終的な成功の可能性を諦めない:1)体細胞の分化をコントロールする知識、2)本当の幹細胞の最終的な培養と採取、3)本当の幹細胞の治療への応用。

ただし、この3つの目標を達成するために適切な方法の検討結果は、事実上発表されていない。SilverとTilghmanの意見を反映したものだけである。彼らは、hesc研究の擁護者として有名である。現段階で、Hescrを正当化する支持的な記述に基づいて判断が行われるとしたら、我々は全員荷物をまとめてこの場を立ち去ったほうがよい。けれども現実に、30億ドルの税金をhesc研究の支援に投じるカリフォルニア州法案71のような展開が起こっている。その他の州も追随しており、ノースカロライナは、同様の調査に数百万ドルを投じる用意をしている。この研究の結果を予測することは難しい。しかし、1つだけ確かなことがある:ヒト発生学者の助言が求められていない。したがって、一般市民に十分な情報が伝えられていないのである。

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