幹細胞研究

Kischer, C. Ward (C. ウォード・キッシャー)
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「幹細胞」という言葉は、元々組織学者によって作られた言葉である。この言葉は、かなり以前から組織学の文書に登場し、「再生」または「修繕」細胞として紹介されてきた。事実上、人体のすべての組織に幹細胞は存在する。幹細胞の存在目的は、亡失した細胞あるいは損傷を受けた組織を瘢痕組織などの組織や細胞で代用することである。幹細胞は部分的に分化しているが、末端分化には至っていない。これらの細胞の特徴は、分裂が必要なときに自己再生する能力を持つことである。幹細胞が分裂して誕生した娘細胞のひとつは特定の細胞に分化するが、もうひとつの娘細胞は幹細胞のままの残り、新たな分裂を起こす。組織によっては、幹細胞を容易に特定することができるが、その特定が非常に困難な組織もある[キッシャーら、1982年。肥厚性瘢痕とケロイド:その起源の検証と新しいコンセプト。走査型電子顕微鏡、iv:1699〜1713;キッシャーら、1989年。肥厚性瘢痕およびケロイドの細胞株によるフィブロネクチン生成量の増加。結合組織研究、23:279〜288;キッシャー、C.W.およびJ.ピンダー。1990年。ヒト皮膚・瘢痕繊維芽細胞によるフィブロネクチン(FN)生成量に対する血小板由来成長因子(PDGF)の影響。細胞検査、3:231〜238。]

消化管はその全長にわたって多種の細胞で構成されているが、そのほとんどが新しい細胞と交換可能となっている。消化管は、人体において交換される機会の最も多い組織と考えられる。細胞の種類によって、4〜5日ごとに交換されるものもあれば、3〜6週間で交換されるものもある。細胞の交換はすべて幹細胞によって行われている。

幹細胞の組織学的特徴については、血液および脊髄の造血幹細胞に関する研究が主な情報源となっている。情報の多くはファウラーらおよびシミノヴィッチらの研究から得たものである[引用:組織学:細胞と組織生物学。1983年。第5版。レオン・ウェイス編、pp:495〜497]。

ヒト胚性幹細胞

情報源を特定することはできないが、数年前に、ある意欲的な分子生物学者、あるいは発生生物学者が「幹細胞」という言葉を強引に用い、「内細胞塊」(ICM)を構成する初期胚の細胞に当てはめた。これは、受精後に初期胚が最初の体軸を形成する前の期間を指している。この期間は、受精後14日以内に相当する。「内細胞塊」細胞は分化していないため、「全能性」未分化細胞であるという点で、組織学で定義されている「幹細胞」より幹細胞と呼ぶにふさわしい、というのがここで提示されている考えである。この考えに即し、「内細胞塊」細胞が、化学的な刺激を受けて人体を構成する数百種類の細胞の全部あるいはいずれかに分化するはずであるという予測が導き出された。この理論では、これらの細胞を培養液の中で組織として成長させ、その後、成人の体内で、培養した組織を使って失われた組織、損傷を受けた組織、あるいは病気にかかった組織を交換するという治療の可能性を指摘している。

少なくとも、ヒト胚子の「内細胞塊」の細胞が実際にすべて同じ物であるか、つまりこれらがすべて全能性であるかどうかが分からない以上、この提案にはいくつかの問題点が残る。「幹細胞」という言葉が、2種類の生物学的「可能性のある」状態の定義に使用されていることは確かである。しかし、その事実を気にとめる者はほとんどいない。そこで、多くの研究者たちが「内細胞塊」のヒト胚性「幹細胞」に関する研究に対し政府に支援を求める陳情運動を起こしている。

先日、「胚性幹細胞」という言葉があるヒト発生学に関する文書に掲載されているのが見つかった[ラーセン、ウィリアム J. 2001年。ヒト発生学。第3版。P. 505チャーチル‐リビングストーン、ニューヨーク]。胚性幹細胞という語は、本文ではなく用語解説の部分に登場し、下記の通り定義されている:

「受精した生殖管から採取した胚盤胞の試験管培養中に内細胞塊から生じる;全能性;正常な胚盤胞に導入すると注入キメラを生成する。」

この定義は、マウスを使った研究結果を参考にしたものである。人体を対象にした同等の研究はまだ行われていない。

ヒト胚性幹細胞に関する研究の現状

ヒト胚性幹細胞(hesc)を治療目的で使用する計画には、他にも問題が予想される。例えば、自己以外の幹細胞から分化した組織(または細胞)を治療目的で注入すると、拒絶反応が起こる、といった問題である。そこで、免疫抑制治療が必要となる。

さらに、マウスを使った研究では、hescの注入によりレシピエントに腫瘍が形成されることが確認されている[2002年4月25日、生命倫理に関する大統領諮問委員会、第3回、トランスクリプト]。hescから治療目的で発達させた組織は、腫瘍を形成することなく、組織に成長、成長停止、あるいは治癒を命令する通常の信号に反応する組織本来の能力を備えていなければならない。

以上から、世界各地で採取に成功している60余りの細胞株から分化した細胞を造ることを説明したレポートは期待できるものとは言えないのである。ジョンホプキンス大学の幹細胞生物学者であるジョン・ギアハートは、生命倫理に関するブッシュ大統領の諮問委員会に先立ち[2002年4月25日、第3回、トランスクリプト]、既存の細胞株からの細胞生成はこれまでのところ非生産的なものに終わっていると証言している。

マサチューセッツ州ウースターのアドバンスト・セル・テクノロジーは、最近発表した治療目的でのヒトのクローニングに関するレポートにおいて、「細胞分裂の6段階までの胚子から3つの体細胞を生成した」と報告している[シベリら、2001年。人体における体細胞核移植:前核および初期胚の発達。e‐生物医学:J.再生医療:2:25〜31]。ただし、このデータは不完全なものと思われる。事実、幹細胞生物学者であるジョン・ギアハートは、この研究が失敗であり、発表すべきではなかったと述べている。彼は、このレポートの内容に問題が多いことから、オンライン出版の編集顧問を退いている。

マイケル・ウエスト博士率いるこの会社は、別のレポートを発表し[シベリら、2002年。非人間霊長類の単為幹細胞。サイエンス、295:819]、サル由来の単為幹細胞から分化した細胞株を4つ以上派生させたと報告している。ウェスト博士らは、今回派生させた細胞株によりhescを使用する必要がなくなると主張している。ただし、これらの細胞株から派生した細胞に母方の染色体しかなく、致死遺伝子を含んでいる可能性があるという事実についてはどう説明するのか?レポートではこの問題について触れていない。

アドバンスト・セル・テクノロジーは、ハーバード・メディカル・スクールと提携し、ネイチャー・バイオテクノロジーという医学雑誌の7月号にオンラインで核移植(クローニング)に関する新しい研究結果を再び発表した。この試験では、クローンのウシ細胞を使い、「ドナーの卵の異種DNA」を原因とする細胞株に対する拒否反応が起こらないことを示した。論文の上席執筆者であるロバート・ランザは次のように述べている:「この研究は、体内の免疫系を破壊することなくクローン組織を動物の体内に戻すことが可能であることの科学的根拠を初めて示したものである。」

成人の組織から採取した幹細胞の研究

カリフォルニア州アナハイムで開かれたアメリカ心臓協会の2001年の年次集会において、K・ハマノは、彼が所属する山口大学(宇部市)医学部の研究チームが、心臓病の患者数名の骨髄から幹細胞の取り出しに成功したと発表した。取り出した幹細胞を患者の心臓に注入したところ、5人中3人の患者の血流に改善が確認された。 2001年11月11日、フィラデルフィアのジェファーソン医科大学のロレーン・イアコヴィッチは、サンディエゴで開かれた神経科学会の集会において、成人の骨髄細胞を脳細胞(ニューロン)およびニューロンの下位細胞に転換することが可能であると発表した。この研究チームは、これらの細胞をドーパミンを生成するニューロンに転換する研究を行っている。もしそれが実現すれば、パーキンソン病患者にとって大きな利益になるだろう。

ニューヨーク州バルハラにあるニューヨーク医科大学のピエロ・アンヴェルサは、ヒトの心臓に心臓幹細胞が存在すると主張している。彼の研究グループは、女性から心臓移植を受けた8人の男性に対して検死解剖を行った。Y染色体(雄性細胞)を持つ細胞が女性の心臓内で増殖していることが判明した。これらの細胞は、元々あった男性の心臓の残遺組織から移転してきたものか、レシピエントの脊髄から移転してきたものと考えられる。これらの細胞は、筋肉細胞と血管に分化していた。

ミネソタ大学のキャサリン・ヴァーフェイルが、先日非常に興味深い研究結果を発表した。その内容は、彼女とその研究グループが、成人の骨髄からさまざまな体組織に分化する可能性を持った特別な幹細胞の採取に成功したというものである[2002年。出生後のヒトの骨髄に含まれる内皮前駆物質の起源。J. Clin. Invest. 109:337〜346]。ヴァーフェイル博士は、この細胞を「多能性成人前駆細胞」(MAPC)と名づけた。彼女は、ヒトおよびマウスから採取したMAPC1個をマウスのごく初期の胚子に挿入する実験を行った。この実験の後に誕生したマウスを分析したところ、1個のMAPCが体組織すべてに分化していることが判明した。

デューク大学の研究チームは、脂肪から採取した成人の幹細胞を骨や軟骨細胞に作り変えることが可能であると発表した。研究結果は、2002年2月10日に開かれた整形外科学会の年次集会において報告され、先日出版された[ユエン‐Di、C.ら 2002年。ヒトの脂肪組織由来の間質細胞による細胞外基質の無機物化および骨芽細胞の遺伝子発現。組織工学。7:729〜741]。

2月に行われたアメリカ科学推進協会の集会においても、ミシガン大学医学部の神経学教授であるジャック・パレント氏が、ラットを使った試験において、成体の神経幹細胞が長期にわたる癲癇発作および卒中によって損傷を受けた脳の領域に向かって移転していること確認された、と発表した。卒中の5週間後には、幹細胞の一部がニューロンに進化し、その領域独自のニューロンに分化するという根拠が示された。

結論

  1. ヒト胚性「幹細胞」の研究では、正しい用語法が確立されていない。
  2. マサチューセッツ州ウースターのアドバンスト・セル・テクノロジーが発表した研究報告については、その信頼性を確認するために、他の研究機関が詳細な評価と再試験を行う必要がある。
  3. 治療目的でのクローニングの短期的および長期的影響を動物試験において十分に評価した上で、ヒト胚子の治療目的でのクローニングを検討すべきである。
  4. 単為発生は、細胞に致死遺伝子が含まれる可能性があるという理由以外でも、細胞治療用の細胞株の生成法としてふさわしくない。
  5. 成人の「幹細胞」を使用して病気のヒトを治療する方法を発見するために、あらゆる努力を行うべきである。

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