クローン形成、幹細胞研究および歴史上の類似例

Kischer, C. Ward (C. ウォード・キッシャー)
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英語原文より翻訳: www.lifeissues.net

幹細胞研究にヒト胚性細胞を使用すること、幹細胞を「治療的」クローン形成により入手するか、あるいは「余剰」胚から入手するかどうかについて、大衆の意見は必ずしも一致していない。これらのクローンおよび「余剰胚」は、初期胚と同等の価値を持っている。多くの科学者たちが、「治療的」クローン形成や「余剰」胚の使用を求めているが、彼らは、その結果生じ得る破滅的な事態を含めた一連の影響について、十分な配慮を欠いている。例えば、ハンフリーとその研究グループは、マウスを使った実験において、核移植によるクローン形成は効率が悪く、大半のクローンが死に至るという研究結果を発表している。1生存したマウスには、たびたび成長異常が観察された。また、彼らは、胚性幹細胞についても検証を行い、そのゲノムが「非常に不安定である」ことを発見した。そこで次の疑問が生じる。ヒトクローン形成でも同様の結果が生じるのか、幹細胞治療を受ける患者に移植される核についても同じ事が言えるのか?こうした疑問があるにも関わらず、米国実験生物学会(FASEB)と米国解剖学会(AAA)という2つの著名な学会は、その会員による討論や投票を行うことなく、幹細胞の使用を擁護している。

AAAの会長、ロバート・イエーツは、2000年2月16日のメモにおいて、メンバーへの意見として、AAAのガイドラインは「[幹細胞]研究に伴う倫理的問題に慎重に対応し、幹細胞提供者のプライバシーと尊厳を保障している」と述べた。2さらに、イエーツは、「ヒト胚の提供は、無償行為として行われるべきであり、報酬目的で行われるべきではない」「提供された胚は冷凍保存しなければならない」とも述べている。これが凍結保存されている「余剰」胚を指していることは明らかである。FASEBの会長、メアリー・ヘンドリックスは、2001年7月18日のハーキンス上院議員委員会での証言およびメンバーへの意見として、「余剰」胚および治療的ヒト胚クローンの利用を明らかに擁護する発言を行っている。3第一に、彼女は、「内細胞塊から採取した胚性幹細胞は、女性の子宮内に移植したとしても、ヒトを形成することはできない。」と述べた。彼女は明らかに間違っている。ヒト発生学では、内細胞塊が分割し、一卵性双生児の場合には2人以上の個体を形成すると考えられている。

第二に、彼女は「成体幹細胞の複製能力は、胚性幹細胞ほど旺盛でない」と述べた。ヘンドリックスがそれを知る由はない。そのように断言できる証拠が現時点で存在しないからである。第三に、彼女は「成体幹細胞の潜在能力は希望に頼っているのみで、だからこそ、新しい知識と治療法につながる可能性が格段に高いものとして、政府の補助を受けた胚性幹細胞研究を進めなければならない。」事実はその反対である。今日まで、ヒト胚性幹細胞を利用した「治療」は事実上1件も行われていない。一方、成体幹細胞については、有望な成果が多数報告されている。ヒト胚クローン形成により入手するか、「余剰」胚から入手するかに関わらず、AAAとFASEBが幹細胞研究に初期胚の使用を認めていることは明らかである。FASEBニュースとAAAニュースレターのその後の号において、生殖目的のクローン形成が禁止される一方、治療目的でのクローン形成は全面的に容認されている。

事実、FASEBニュースの2002年6月号において、現在の会長、ロバート・R・リッチが「治療的クローン形成」の高い将来性、と題した記事を書いている。4リッチは、この記事の中で驚くべき発言をしている。「核移植を行い、次に(強調)クローンを女性の子宮内に移植する方法でヒトを作ることは道徳的に間違っている…しかし、生殖目的でのヒトクローン形成の禁止が急がれる中、上院は、核移植による幹細胞の形成ならびにその治療的・科学的有望性をも禁じようとしている。」生殖目的のクローン形成と治療目的のクローン形成では、全く同じ方法で「胚盤胞」(いわゆる「幹細胞」の元)が作られる。この発言により、リッチは、治療的クローン形成のためにヒトが作られ、その後「幹細胞」を得るために殺害されることを認めたことになる。この原理は、「治療的・科学的有望性」の道徳相対論と考えることができる。FASEBおよびAAAの会員すべてが組織の意向に賛同しているわけではない。この問題については他の意見もある。事実、昨秋のAAAニュースレターに対し、編集者へのレターという形で提出されたAAAの会員による反対意見は、会長であるジョン・フォーロンのレターを通じて直ちに掲載を却下されている。

イエーツは、NIHガイドラインに関するメモにおいて、次のように述べている。「どんな細胞でも形成できるという幹細胞の特殊な能力により、幹細胞は、癌、パーキンソン病、アルツハイマー病、脊髄疾患の治療において貴重なツールとなる。」これは誇大表現である。そのようなことは誰にも確認されていないというのが事実である。将来的に、幹細胞を活用できる日が来るかもしれないが、今はまだ理論でしかない。事実、幹細胞生物学者ジョン・ギアハートが大統領の生命倫理評議会で行った証言は、既存のヒト胚性細胞から有用な細胞株を採取することがいかに困難であるかを物語っている。一方、ミネソタ大学で幹細胞を専門に研究しているキャサリン・ヴァーフェイルは、成人の骨髄から特定の幹細胞を単離することに成功した。これらの幹細胞には、体の様々な組織に分化する潜在能力がある。5彼女は、その実験において幹細胞の可塑性を立証し、それらを成人の体内に移植しても、腫瘍を形成するとは考えられないと主張している。一方、ヒト胚性幹細胞については、こうした憂慮すべき事態の発生が確認されている。また、デューク大学の研究チームは、先日、脂肪細胞を骨細胞や軟骨細胞に進化させることが可能であると発表した。6研究が成体幹細胞の利用という方向に進んでいることは明らかである。

治療的クローンや「余剰」胚性幹細胞の使用に伴う問題は、上記で引用したマウスの遺伝子変調による早期死亡や異常にとどまらない。自家細胞を使用しない場合、拒絶症やその後の免疫抑制治療という問題が生じる。さらに、ドナーからホストへ移植されるキャリア・ウイルスの可能性についても不明な点が多い。

治療的クローンおよび「余剰」胚の利用を擁護する人々は、初期胚の利用による価値を強調する傾向がある。カリフォルニア工科大学の学長でノーベル賞受賞者でもあるデビッド・バルティモアは、2001年7月30日のウォールストリート・ジャーナルで次のように書いている。「私にとって、子宮内に存在したことのない小さな細胞の塊は、到底ヒトと呼べるものではない。たとえそれがヒトになる可能性を持っているとしても。」7

これについてよく似た例を挙げて説明しよう:釈放される望みもなく保護検束(Schutzhaft)されている捕虜は、例えヒトとしての生物学的性質があったとしても、到底ヒトと見なすことができない。保護検束(Schutzhaft)は、1930年代および1940年代の第三ドイツ帝国において、不要な人間に対して行われた行為である。拘束されていた人々は(「余剰」胚や治療的クローンも拘束されていると言える)、「余剰な」人間と判断され、自由が奪われた。彼らより価値のある人々の利益のために、彼らを利用して医学実験が行われた(初期胚に対する実験がこれに相当する)。しかし、大半の人々に対しては、理解に苦しむような野蛮で残虐な行為が行われた。実際のところ、医学に役立つ方法で実験が行われたことは、実質上皆無だった。にもかかわらず、「治療的・科学的有望性」という名目の元で、実験が行われていたのである。

また、彼らは、ヒトラーとその部下が信奉していたアーリアン学説の規範においても制裁を受けた。これは、ヒトラーの「文化」を創るためであり、「必要の法則を厳守した国家保全」を目指したものだった。他者への「医学的利益」を目的としたヒト胚の破壊を擁護する科学者は、自分達の文化の「必要性」に基づいて行動する人々と同じである。

バルティモア(およびその他大勢)が、ヒト胚の初期段階の認識ならびに「ヒト」の意味解析を拒否していることは、第三帝国のアーリアン学説を彷彿とさせる。ユダヤ人、スラブ人、ジプシー、その他の民族(ドイツ人を含む)は、Untermenschen、すなわち「人間以下」であると見なされていた。彼らは、Lebens unwertenleben、つまり、生きる価値のない生命と呼ばれた。信じられないことに、65年経った今、初期胚を巡って同じ歴史が繰り返されている。こうした胚は、背理法の議論においてその価値を貶められてきたのである。

FASEBの会長であり、AAAの会員でもあるメアリー・ヘンドリックスは、ハーキンス上院議員委員会において、次のように証言している。「これは、胚盤胞と呼ばれるごく早期の胚であり、縫い針の先端ほどの大きさしかない。」[3]これでは、小柄な人間は大柄な人間より無意味で、人間らしくないと言っているのと同じではないか?ヒトは、人種や種族のみならず、その大きさによって卑下されるべきではない!先日、ヘンドリック博士は、PRIM&R(Public Responsibility in Medicine and Research)の理事に3年任期で選出された。

世界のヒト発生学者の誰もが、新しいヒトの生命は、受精の瞬間に始まると述べている。したがって、「余剰」胚や治療的クローンから幹細胞を入手することは、ヒトを殺害することを意味する。ところが、自由主義という信条において、新しいWeltanschauung(人生観)が普及しはじめている。これは、アドルフ・ヒトラーが好んだ言葉である。8この言葉を具現化するために、彼は、人種および民族的純粋性というコンセプトを掲げ、不要な人間を抹殺するという使命に従ったのである。

先日、ブッシュ大統領の倫理生命評議会において、治療的クローン形成を4年間中断することが、投票数10対7で可決された。票が分かれることは予想できた。会議中、評議会の議長であるレオン・カスとメンバーのレベッカ・ドレッサーは、初期胚を「潜在的な」ヒトの生命と称した。9ヒト発生学者は、「ヒトの生命」の説明に「潜在的」という言葉を使用しておらず、また決して使用しないだろう。レオン・カス議長にヒト発生学者をメンバーに指名するよう何度も要請したが、却下された。クローン形成、幹細胞研究、胚に関わる問題はすべて、ヒト発生学における重要な問題である。

イエーツ、バルティモア、ヘンドリックス、カスを始めとする多くの人が、生命の存在のどの時点においても、完全な形のヒトの生命が存在していることを忘れている。このことは、受精の瞬間、誕生の前、誕生の後、そして死が訪れるまでのどの時点にも当てはまる。これが生命の連続体というものである。この連続体において、時間経過とともに、大きさ、形状、中身、機能、外見など、生命の基本的な特徴が変化していく。この時の流れのある時点を、どこか他の時点と比較することで、その価値をつまらないものと判断することもできる。しかし、ある時点に相対的な価値を割り当てることは独断的で、科学的根拠のない行為と言える。

ブッシュ大統領は、罪のないヒトの生命を破壊したり、それを破壊する目的で生命を創造することを拒否するという正しい選択を行った。ブッシュ大統領は、ヒト発生学を学んだわけではないが、彼がヒトの生命の連続体を理解していることは明らかである。大統領は、他の大勢の人がそうであるように、常識によって正しい判断を下すことができたのである。

ヒトの生命の生物学的な連続体に対する最後の反論として、幹細胞研究の先駆者と言われるジョン・ホプキンス大学のジョン・ギアハートは次のように述べている。「ヒト多能性幹細胞(hPSC)の有用性を将来の治療に活用する場合、ヒト胚と胎児の道徳的妥当性を検討した上で、その利用が行われなければならない。」10私がギアハートに問いたい:いったい誰の道徳的妥当性について議論しているのか?

ニュルンベルグ裁判の「過ちを二度と犯さない」という言葉は私たちの耳にまだ鮮明に残っているが、時を経て急速に薄れ始めているようだ。

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