ヒト胚も生きる権利をもつ人間です!

(岩清水 玲子)
許可を得て複製

二十世紀後半から遺伝子操作や細胞融合など、生命科学(ライフサイエンス)の発展に伴って、生命をどこまで人為的に操作すべきか.あるいは個人の生命の尊重などの問題が、従来の生命観では対処できなくなってきた。このような生命の倫理上の問題を扱う専門分野が、バイオエシックスである。これはギリシャ語のバイオス(bios=生命)とエシケ(ethike=倫理)からきた造語と、国際化新時代の外来語辞典で知った。

バイオエシックスは、体外受精、人工授精、安楽死、遺伝子操作の限界など多くの問題が関連し、欧米では一九七0年代から提唱され、わが国でも八0年代より研究が進められている。しかしこの分野の確立のためには科学、哲学、法律、経済、人類学、宗教など多くの学問の知識の総合化が必要というのが、この道の専門家たちの意見である。

わが国において二00一年に施行されたクローン技術規制法」に基づく指針で、クローン胚作製は禁止されている。一方で再生医療への応用に繋がると期待されることから、作製解禁の是非が論議され、同調査会がまとめた中間報告が昨年末になされた。

これに対して日本カトリック司教協議会より2004年、二月二十日、内閣府政策統括官(科学技術政策担当〉付、ライフサイエンスグループ「ヒト胚の取扱いに関する基本的考え方」(中間報告書)に関する意見募集担当宛に出された意見書の一部分を、ここに掲載させていただく。

今回の中間報告書で扱われている問題の中心は、ヒトES細胞の再生医療への利用のための研究に必要とされる

  1. ヒト受精卵(ヒト胚)の研究目的の作製と利用の是非
  2. 人クローン胚の研究目的の作製の是非

であると考えます。

カトリック教会は一貫して、人はその受精の瞬間から固体としての人間であると考えています(教理省『生命のはじまりに関する教書』1・1)。また、最近のヒトES細胞の研究の進展に対してカトリック教会では、教皇庁立生命アカデミーを中心に専門的検討を加えた結果、上記二点に関していずれも認めることができないことを明らかにしました(教皇庁立生命アカデミー『ヒト胚性幹細胞の作製及び科学的・治療的用途に対する宣言」二000年八月二十五日)。なお同生命アカデミーの議論には、日本の青木清上智大学教授(当時)も会員として加わっています。「生殖を目的とする胚細胞クローン」と「生殖以外の目的(例えば、クローン技術を用いてヒトの組織や器官を作製する)で行われた体細胞クローン」の両方について、これを研究のために利用することが許されないことを、日本カトリック司教団も表明しました(「いのちへのまなざし」83)。

さらにカトリック教会では昨年七月、第五十七回国際連合総会での「人クローン個体産生禁止条約」の審議に向けて、治療目的クローンと生殖目的クローンの双方を禁止するコスタリカ案を支持するポジションペーパーを発表しています(教皇庁国務省「ヒト胚クローンについての教皇庁見解」二〇〇三年七月十七日)。カトリック教会では、人クローンの研究がそれ自体としてもつ倫理的問題だけでなく、こうした研究が女性の身体や貧しい世界に及ぼす影響、ヒト胚の売買への進展についても憂慮しています。同時にカトリック教会では、ヒトES細胞の研究・利用の代案として、ヒト体性幹細胞の研究・利用を支持しています。

2004年六月二十四日、朝日新聞朝刊第一面に『ヒトクローン胚作製容認・科学技術会議多数決を強行・基礎研究のみ』という見出しに、私は釘づけられてしまった。

調査会々長が「再生医療を待つ患者に社会的に光を当てるべきで、扉を先ず開きたい」として、クローン胚作製を臨床応用段階でない基礎的な研究に限り容認し、クローン人間作り防止のための胚の管理の徹底や、卵子提供による女性の負担への検討、科学的検証などの制度的枠組みを整備するまでは凍結するとの会長案が提出された。出席委員十五名中、賛成十名反対五名。通常の全体一致方式をとらず異例の多数決を強行している。

サタンは尤もらしい口実を並べることで人間の心に焚きつけ、国際科学進展に遅れまじとし、各研究室は競争し名声をあげるよう唆す。こうして巧みに罪の罠に嵌め込むのである。

翌二十五日の同新聞社説は、クローン胚を使って病気や事故で働きを失った組織や臓器を再生させるという、大きな可能性ある研究を閉め出すべきではない。今回調査会が異例な採決で方針を決めたのは、いささか強引との批判は免れないが、厳しい条件つき研究を容認方針は妥当、という見解で、従来の官庁の密室作業でなくオープンであれ、という意味の文であったが、悲しいかな受精した胚を人間として認めない人々の論説である。

かなり以前、TBS系スペシャルドラマ、『受胎の森』が放映された。それは非配偶者間の体外受精をめぐる男女間の愛憎という、当時としてはかなりショッキングなドラマだった。

記憶は薄いが物語は、生命科学研究者星野知は研究で知り合ったバイオテクノロジーのエリ−卜研究員、倉成一馬を郷里の那須に誘う。そこで知の妹、恵を交えて三人のおつき合いが始まる。ところが一馬と恵が結婚してしまう。結婚したものの恵は卵巣に欠陥のあることがわかり、姉の卵子を体外受精させて妹の胎内に移そうということになった。そこでオーストラリアヘ行き、メルボルンで手術を受け運よく成功して女児が誕生する。ところが知と恵と一馬という三角関係が、実に深刻で恐ろしい心理的葛藤へと展開してゆく。知は卵子の母としての執念から、かつての恋仲だった妹の夫、一馬とその子どもを奪い返そうとする変心ぶりと、際どいせめぎ合いとなってゆく。

このドラマに一九八五年の筑波科学万博が出てくる。実はその前年八四年四月、オーストラリアの研究グルーブは、メルボルンで冷凍保存の体外受精卵からの女児誕生を発表した。

日本においては同年二月、学術審議会東大理学部申請の植物個体における遺伝子組み換え実験が承認され、六月には利根川進氏らのヒト免疫細胞の一つT細胞受容体の遺伝子分離の成功が発表されている。

アメリカでは、スタンフォード大学などが提出した遺伝子組み換え技術の主役の遺伝子『プラスミド』の特許申請が承認された。

二十世紀の年表を繰ると、一九七三年(昭和四十八年)にアメリカでのDNA(デオキシリボ核酸)の断片を他の遺伝子の中に組み入れて複製できることが示され、これが遺伝子工学の始まりとされている。

しかし二年後の一九七五年二月、アメリカで開かれた遺伝子工学国際会議で、遺伝子操作実験の自粛が決定された。

人クローン胚作製容認に対し、日本カトリック司教協議会の深い憂慮を示す反対声明文の要点部分を再び掲載する。

人クローン胚の作製・利用は、例え人クローン個体産生が禁止され、その目的が研究・治療に限定されていても、大きな倫理的問題を含みます。何故なら人クローン胚の作製は、ヒト胚性幹細胞(ES細胞)の作製に伴う胚の滅失・破壊をめざし、人の道具化へと道を開くものだからです。

ヒト胚は受精(クローン胚の場合は核移植)の瞬間から人間としての生命をそなえた個体であり、これを損なうことをめざす研究は、基礎研究であっても容認することはできません。

今回ヒト胚の尊厳にかかわる重大な倫理的問題が、議論を尽くされない性急な仕方で決定されたことにも、私たちは深い憂慮を感じています。この決定は、将来のクローン研究への扉を開くだけでなく、日本における倫理的議論の相対主義化へと「道を開く」極めて危険な一歩と言わざるをえません。(後文略)

今後最終報告書のとりまとめに際しては、今回の採決にとらわれることなく「生命倫理専門調査会』の本来の使命である、ヒト胚に関する倫理的議論が、あらためて深められることを切に要望します。(二00四年七月一日の声明)。

私たち女性は、いのちに関することに関心をもち、敏感にそして賢明にいのちを守る行動者でありたい。神がくださった母性愛は、己を捨てて新しいいのちを守り育むものでキリストの愛に近い。女性の皆様聖書と共に是非次の二冊を求め読むことをお勧めします。


『いのちへのまなざし』日本カトリック司教団著
教皇ヨハネ・パウロ二世回勅『いのちの福音』

(いずれも、日本プロ・ライフ・ムーブメント
  TEL 088-873-3619で購入可能)

この記事の上へ