「生命の尊さ」についての報告


ファミリーセンター

平成12年度 人聞学研究所主催研修会

趣旨:

人の命が粗末にされる現象が見られる昨今,21世紀の命を育む若者達に命の尊さを考える場を提供するために,このテーマで見識の深いファミリーセンター長のライル師と吉永ユリ先生をお招きして,全二年生対象の研修会を行う。

テーマ: 「生命の尊さ」

講師:

ファミリーセンター長
  ショーン・ライル師(コロンバン会)
吉永ユリ先生(カテキスタ会)
〒811−1365 福岡市南区皿山4−14−27
Tel. 092−541−6207

日時:

平成12年12月19日(火)

プログラム:

 
第一セッション「素晴らしい命と性」
第二セッション「忍び寄る死の文明」
第三セッション「ナチュラルウェイ、一ビリングス・メソッド」

講話:「生命の尊さ」のまとめ

 
ショーン・ライル
吉永ユリ

1) 始めに

現代は,生産性のある有能な人材育成をモットーに教育が施されてきたことの歪みや被害をもろに受けて,生産性のある有能な人間とそうでない人間との間には,差別・優越感・羨望・失意・敵意__といった,あってはならない悲しい人間関係の要素がふくらんでいる。こんな中にあって,あなたはかけがえのない大切な人,この世に生を受けて生まれてきたこと自体がどんなに大切であるかを体験,実感することが必要だと思われる。あなたそのものが尊くありのままのあなたでOKという,平等と平和がもたらされる人間関係を作り上げることが何よりの優先課題に上げられる。

そのためには,聖書にはっきりと解決策を見出すことができる。聖書は,国民性を越え年代を越え世紀を越えての,ベストセラーであり,バイブル(ギリシャ語で本の中の本の意味)と言われて,信仰者の如何を問わず多くの人から大切にされ,読み読み継がれてきた。或有名な日本の作家は「私は聖書の中に全ての解決策を見出す」とのべている。

その聖書は人間の創造を,「神はご自分に似せて創られ,男と女に創られた。人が一人でいるのはよくない,__」と記して,はっきりと人間の尊厳,性の意味について語っている。この言葉を味わい・創造者の愛とその意志,ご計画を深く受け止め,人間としての在り方・使命・責任性を考察していきたい。

このために,下記3回に分け,講話やビデオ観賞,聖書のみことばその他の資料を通して,人間の尊厳や責任ある生き方及びその可能性をみていく。

第1回「素晴らしい命と性」について

人間の命と,命の誕生に結びつく性の尊厳についての理解を深めるために,先ず世界的に高く評価され使用されている「生命創造」のビデオを見ていく。その後で,生命と性を学生として,若者として,どう生きるべきかを追求し,人間として,自分にたいしても他者にたいしても品位と責任ある生き方,関わり方の正しい在り方を自らに問うてみる。また人間らしい,命の文化を築いていくことの責任と豊かな可能性をみて,感謝と希望,決意を新たにしたい。

第2回「忍び寄る死の文明」について

第1回では,尊い可能性に満ちた生命と性の在り方が,をみてきた。しかし現実には,現代は,物の豊かさによって人間の欲望やエゴが優先されがちな死の文明が,わたしたちを包み,広がりを見せている。これらは環境の破壊,倫理の乱れによる社会現象の中に見ることが出来る。一例を取れば,尊いはずの胎児は人の都合によって「産む権利,産まない権利」によって,邪魔者は殺害される。しかも母親によってである。「人工妊娠中絶」がそれである。

このリアルな現実をビデオの「沈黙の叫び」で見る。その後で,「赤ちゃん−最初の10ヵ月の旅一」のパンフレットによって,胎児が母の胎内で驚く程に成長,発育していく様子を見る。これによって,中絶の残酷さ,恐ろしさを再認識する。そして,現代の恐ろしい一面を実感し,人間としての望ましい生き方に目をとめる。

つぎに,性の乱れが引き起こす,もう一つの恐ろしい現実「ピルの実態や,性行為感染症(性病)の恐ろしさ」を知り,人間らしい真実な責任と愛ある幸せな生き方は,若者の場合は純潔であることをしっかりと受け止められるように訴えたい。

第3回「ナチュラルウェイ−ビリングス・メソッド(排卵法)」
一大切にしたい性と命を正しく学ぶために一

1時限「素晴らしい命と性」2時限「忍び寄る死の文明」を踏まえた上で,人間らしい品位と責任をもって生きるために,人間に備わっている生殖能力の素晴らしさを知り,理解する。

この,ビリングスご夫妻が開発された「ビリングス・排卵法」をWHO(世界保健機構)では,「ビリングス・メソッド」と命名し,世界的に有名な医学専門雑誌はこの「ビリングス・メソッド」を高く評価している。

人間を無限に超える超越者である方(神)が愛と期待をもって,人間に委ねられた,生命の誕生と育みに対する“性・命・家庭”の在り方を真剣に考えてみる。

それは,人間としての素晴らしい能力である,@知性,A自由意志,B真・善・美を理解し,憧れ愛する能力をどのように生かしていくべきかを考えることでもある。



2)第一セッション「素晴らしい命と性」

人間の尊厳の基盤にあるもの一命と性の尊さを創世記1章26節から28節で見ていく。

神は言われた.
「我々にかたどり,我々に似せて,人を作ろう。そして海の魚,
空の鳥,家畜,地の獣,地を這うもの全てを支配させよう。」
神はご自分にかたどって人を創造された。神にかたどって創造された。
男と女に創造された。神は彼らを祝福して言われた。
「産めよ。増えよ,地に満ちて地を従わせよ。
海の魚,空の鳥,地の上を這う
生き物を全て支配せよ。」(創世記1:26−28)

人間は神に似せられて造られたもので,「物」ではない。動植物の命よりも尊い。それは,何故だろうか。

聖書が言うのは,人間は,「動植物を与えられ,それらに名を付け,(何であるかが分かる能力があるという意味),神に似せて造られた」からです。

現代の用語で言えば,人間は,「分かる能力一知性と理性」,「望む能力一自由選択と自由意志」,「愛する能力」,「真善美を求める能力」などを与えられていて,そのために「人格の尊厳,権利と義務,責任」など動植物にはない特徴があるからです。

話し方でも区別しているではありませんか。例えば,日本語には「物」と「者」とがありますね。人間を,「物」とは言いません。人間は「者」です。また,「これ・あれ・それ」ではなく,「あなた・彼」です。人岡の赤ちゃんも,大人と同じ権利のある「人格」なのです。

これらの特徴の元には「精神・心」があり,そのために人間の命は「尊い」のです。すなわち,性によって産まれるのは「物」ではなく,「人格のある人間」なのです。(配布資料から引用)

これから見せるビデオ「生命創造」は,初めて胎児の成長の過程を,克明に撮影,生命の美しさ,誕生の素晴らしさを謳いあげている。受精から出産まで,初めて胎内にカメラをすえ,そのすべてを捉えた感動の記録映画である。1962年,モナコのグレース王妃は500人の医者と学者を招いて受胎と胎児の成長に関する国際会議を開いた。この会議に参加した2人の学者は会議の結論を広く世に知らせようと相談して映画化することを決意し,この映画を作り上げるために,多くの技術者・医者,その他の協力を依頼した。パリの全ての大病院が協力したものである。

今からこのビデオを緒に見たい。

ビデオ「生命誕生」を見た後,若干黙想の時間を取り,印象に残ったこと,命の誕生の神秘,両親の愛,祖先から引き継いできた命の神秘,自分の誕生までの旅路をふり返る。

結びの言葉

この映画を見る多くの人は,自然のいとなみ,生命の誕生の厳粛さ,神秘さに感動を受け,自分自身の誕生の起源に帰って,自分の命のいとおしさ,大切さを覚え,生まれてきたことへの感謝の気持ちを新たにする。

ところで現代は,この尊い命と命の誕生に結びつく性が粗末にされている。命の文明であるはずのものが,いつのまにか死の文明に傾いている。人間の今そのものが尊いはずなのに,現代は能率・実用性・有益性が基準となっている。何を持ち,何を行ない,何を生産するかが,価値判断の基準にされがちになってきている。原点に帰って一人ひとりが人間らしい尊厳をもって生きられる世界になるよう,お互いが身近なところから挑戦する必要があるのではないだろうか。

3) 第二セッション「忍び寄る死の文明」

第一セッションで,生命創造を通して,胎児の命の素晴らしさを見たので,これから,現代においてこの尊い生命,特に胎児がどのように扱われているのか,一つのビデオを通してみてゆきたい。このビデオは,中絶大賛成で数多くの中絶を行なってきた或る産婦人科医が,超音波診断装置によって,中絶される胎児の実態を見たことから始まる。母親の胎内で平和に動いている胎児が,その命を消す機材が医師の手によって母親の胎内に挿入されると,まだその凶器は胎児には触れていないのに,敏感に何かの気配を感じて狭い子宮内を激しく動き廻るかのようにみえる。そしてついには口を大きくあけて叫ぶ。あたかも助けを求める必死の叫びのように!

「ごらんください。私たちは今にも消されようとしている,死に直面した胎児の声なき叫びを見ることができます。」というB.N.ネイザンソン氏の声から始まる。彼は当時無神論者であった。

その時からこの医師は中絶について2度と口を開くことはなく,命をより大切にして,中絶大反対論者となり,世界にまでこのことを訴えている。

このビデオは世界中で見られ,衝撃を与え,騒然たる論争の渦を巻き起こした問題の映像である。

ビデオの後に,目を閉じ,黙想する。「沈黙の叫び」を見た,今の自分の気持ちはどうか。心に響いたことは何か。自分の心の中にある気持ちや思いを味わってみる。

次にパンフレット「赤ちゃん一最初の10ヵ月の旅一一」を出してもらい,ぺ一ジごとに目を通しながら,簡単に説明をする。

マザーテレサの「小さな命のための祈り」を共に味わいながら,唱える。

《小さな命のための祈り》  マザー・テレサ
胎児のために みんなで祈りましょう
妊娠中絶は 世界の平和を抹殺するものです
平和を 破壊するものです
母が わが子を殺すなら
人々が殺し合うのを どうして防げるでしょうか
みなさんの国には 飢えはないでしょう
でも 妊娠中絶を許しているなら貧しい国です
なぜなら 無力な胎児を恐れているからです
そして ものを言わぬその字は葬り去られるのです
あなたが 恐れているために
パンだけが飢えではありません
愛への飢えもあります
大切にされず 気遣ってももらえず
愛されずに死んでいった子どもたちがいます
家庭平和のために 国の平和のために
そして 世界の平和のために ともに祈りましょう

[この祈りは1991年「国際生命尊重会議」のため
マザー・テレサが送ったもの。〕

最後にもう一つ,若者の命をそこなう問題・ピルと性行為感染症について述べたい。

ピルは,身体のどの器官にも影響を与える可能性があり,医学雑誌や政府の保健情報,指導的な医学機関,WHO(世界保健機構)やその他によると,わかっているだけで30種類以上の副作用があげられている。ピルの服用開始直後または服用申の短期的合併症として,心臓・血管・胎内化学物質に関する障害の多いことが知られている。症状としては,血栓症・心臓発作.高血圧・胆嚢疾患・肝臓腫瘍・子宮外妊娠・生殖器官の癌・月経不順・感染・体重増加・吐気・糖尿病・うつ状態・精神不安定など多種多様である。特に若者への副作用が大きい。長年ピルを服用してきたヨーロッパや米国では,死亡した若者の訴訟や補償問題が起きて,そのために製薬会社がピル製造を中止するケースも起こっている程である。

なお,ピルには,受精卵が子宮に着床出来ないようにする中絶作用もあり,その上この合成ホルモンは飲んだ女性の体から排出されて,環境を汚染し破壊し続ける。

このようなピルの恐ろしさを知り,決して服用しない賢さを持って欲しいと切に思う。

次ぎは性行為感染症(性病)の恐ろしさについてである。非合法な薬物使用やアルコール飲料の乱用,性倫理の乱れなどで,性病(エイズ・人パピロマウイルス・クラミジア・梅毒・淋病__)が多発している。多くの性病は,抗生物質によって治療できるが,損傷は残り,不妊・癌などの合併症や胎児への感染も引き起こす。その上,各地で急増しているウイルス性の性病には,今のところ治療法は無く,本人が,自分がかかった性病について無知であったり,感染の危険を意識しなかったりすることも,日常茶飯事である。

潜伏期間が長い(約10年)ので,発病に気づいた時には症状は進み,手遅れの場合が多く,またこの病魔は知識の乏しい若者を襲う。朝日新聞では,朝刊で性行為感染症を4回に亙って取り上げ,週刊誌「AERA」では,性感染症はいまや国民病だとして,この病気の蔓延の恐ろしさを警告している。

WHOの報告では,世界の10〜20代の若者の20人に1人がエイズの原因になるウイルスに感染していると推定し,米国の社会保険連盟によると「合衆国とカナダでは5秒毎に2人が性病にかかる」とのことである。

エイズのウイルスは精子(O・004@)の450分の1という小ささである。人工避妊用のコンドームの使用(女性の妊娠可能期間は1ヵ月の内約8日間です)でさえ失敗率が多いというのに,この致死的感染症にかかるのを予防するのに,なぜコンドームなのであろうか。コンドームを使用しているHIV保持者と,かれらの非感染者パートナーについて,WHOの報告によるとコンドーム使用者の失敗率は約40%ということである。

このようなHIVは,人から人に伝染し安全な防壁はない。感染者との1回の性交で感染の可能性が50%あることを考えると,コンドーム使用の増加にもかかわらず,感染が爆発的に増加していることで分かると思う。コンドームは不完全なものなのである。

根本的治療法のないHIV及び性行為感染症の大流行を食い止める唯一の方法は,結婚前の若者の純潔と,夫婦の貞潔以外にはない。この事の実践こそが,真にお互いを大切にすることであり,人間としての品位と責任のある行為であるといえるのではないか。

ビリングズ夫妻は,「命と性の尊厳のために,神が人間に備えられた自然の仕組み『ビリングス・メソッド(排卵法)』を知り生かすこと。若者は純潔を,夫婦は貞潔を大切にし,家庭は明るく安定したものになり,子どもは親からこの基本的な命と性の尊厳を学んでいきます。」とのべている。



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