“美しい貧困者”はどこにいるのか

Editorial (オピニオン)
国連記者室
出典 ウィーン発『コンフィデンシャル』
2015年7月11日
許可を得て複製

資本家に搾取されている労働者の解放を標榜し、資本主義に挑戦した共産主義は“赤い貴族”を生み出し、 独裁政権を構築した後、自壊していったが、貧しさ、貧困の解放を標榜する思想や運動が生まれる時、革命を迎える。「 貧困は時限爆弾だ」と評した社会学者がいたが、その爆弾を抱えながら登場したのがローマ法王フランシスコだ。 南米出身のローマ法王は前法王べネディクト16世ら歴代のローマ法王とはその出自が違っていた。「貧者の聖人」、 アッシジの聖人、フランチェスコ(1182〜1226年)を法王の名前に選び、奢侈な生活を戒め、 バチカン法王庁の改革を訴えている。

ヤン・フス(1369〜1415年)はコンスタンツ公会議で異端とされ、火刑に処されたが、 彼はローマ法王や高位聖職者たちの奢侈な生活を批判した。フスの前にはフランス人のピーター・ワルドー(1140〜1218年)が、富と享楽の生活の虚しさを感じ、神の道を求めて修道僧として生きた。 イエスの教えを守らない腐敗した当時のカトリック教会指導者を批判し、 聖書で記述されていないことを行う教会を糾弾した。ワルドーは「リヨンの聖人」と呼ばれた。すなわち、 フスもワルドーもいずれも奢侈を戒め、貧困の群れに加わっていった。

なぜ、ワルドー、フス、そして聖フランチェスコは貧しい生活を求めていったのだろうか。キリスト教会だけではない。 仏教の釈尊もそうだった。裕福な生活を放棄し、貧しさに身を投げ出した。 歴史で聖人と呼ばれた人たちは不思議なほど似ている。彼らは「貧しさ」に特別な価値を見出しているのだ。

ローマ法王フランシスコは5日から13日まで、エクアドル、ボリビア、パラグアイの3カ国を訪問中だ。 訪問の目的について、バチカン法王庁のロンバルディ報道官は1日、「軍事・独裁的国家を社会的、 政治的に民主化に再生できるように鼓舞することが願いだ」という。同3国は南米では貧しい国だ。

南米はカトリック大陸と呼ばれ、世界のカトリック信者数の約4割、5億2000万人が住む。 そして南米教会はエリート教会と呼ばれる欧州教会とは好対照で、「貧者の教会」と呼ばれてきた。 フランシスコ法王にとって、南米教会は単なる出身地ではなく、彼の主要な課題、貧困の故郷への帰還を意味する。

国連は2000年9月に開催されたミレニアム・サミットで、「21世紀における国連の役割」について検討し、 世界中の全ての人がグロバール化の恩恵を受けることができるための行動計画を提示した「国連ミレニアム宣言」 を採択したが、その中には教育、環境などの8項目(ミレニアム開発目標)の中に貧困問題 の克服が掲げられていたことはまだ記憶に新しい。

21世紀は科学技術が発展し、通信技術は世界を一つに繋いでいる。その時代に貧困が再び主要テーマとなり、 貧困を掲げたローマ法王が登場してきたのだ。現代的にいえば、貧富の格差解消であり、 公平な配分を求める声が世界至る所で高まってきたのだ。

アイルランド出身の劇作家バーナード・ショーは「最悪の犯罪は貧困だ」と語った。 貧困であることは本人も家族にとっても辛く、苦しいことだ。 年金を貰うために銀行の前で長い列を作るギリシャ老人たちの姿は見る者の心も痛くする。 貧困がテーマとなる時代は不幸なことかもしれない。

ちなみに、マザー・テレサは「貧しい人は美しい」と述べ、“美しい貧困者”がいると語っているのだ。

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