モラルに反する研究の容認傾向を阻止する

Editorial (オピニオン)
英語原文より翻訳: www.lifeissues.net

採決の結果は決まっている。我々は病気であることより健康であることを望み、その多くが人々を苦しめる疾病の治療方法を模索している。分かりきったことだと言われるかもしれないが、国際的なメディアについてはこの限りではないようだ。胚性幹細胞に関する研究は、あらゆる重病を治癒に導くかもしれない有望な研究の支持者と自分の(非合理的な)信念を譲るくらいなら人々が病気に苦しむのも仕方ないと考える反対者との対立という形で報道されることが多々ある。CNNの報道からその一例を挙げよう。2001年7月17日のCNNヘッドラインでは、胚性幹細胞の研究に異議が唱える人々に「研究活動の敵」というレッテルが貼られた(1)。異なる研究が各々に支持されている理由は提示されなかった。いや、胚性幹細胞の研究に反対する者は、研究全般の敵として描かれているのが実情である。この報道では、他の研究は全く紹介されなかった。

しかしながら、胚性幹細胞の研究について正しい情報に基づく意見を述べるには、この問題を十分理解しておく必要がある。メディアの一方的な報道にのみ頼っている人には、適切な情報に基づく意見を述べることは不可能だろう。事実、科学にも関係のある政治的ディベートにおいて真実を述べることをモットーとする無党派のグループ、統計評価サービス(STATS)は、現在主流派となっているメディアは、胚性幹細胞の可能性を不当に特筆する一方で、成体幹細胞など胚以外から採取する幹細胞に関する研究の成果を十分に伝えていない、あるいはその調査結果を完全に無視していると報じている(2)。この評論では、下記の基本的な問題について検証したいと思う:

幹細胞とは?

国立衛生研究所(NIH)の元生物化学者で生物学者でもあるダイアン・アーヴィング博士は、幹細胞を「ヒトの体を構成する210種類の組織のすべてあるいはそのほとんどに分化することができるヒト有機体(すなわちヒト)の本質的な原始細胞」と定義している(3)。これらの細胞は、分化する際に2個の子ども細胞(「娘細胞」)を産生するが、そのうち1個は新しい細胞となり、もう1個は元の細胞の代わりとしてそのままの形に留まる。この性質こそが、「幹」という名称の所以であり、その名前から、幹細胞が特定の細胞に分化する機能を持った細胞であることがわかる(4)。

幹細胞には、全能性、万能性、多能性という3つの基本タイプが存在する。全能性とは、細胞が持つ可能性が「完全である」ことを意味する(5)。これらの細胞は、桑実胚期の約4日目までのヒトの胚に存在している(6)。万能性とは、細胞がほとんどの細胞に分化することができるが、すべての細胞に分化できるわけではないことを意味する(7)。多能性は特定の細胞にのみ分化できることを意味する(8)。これら3種類の幹細胞は、各々、胚性幹細胞、胎児幹細胞、成体幹細胞とも呼ばれている。以上で幹細胞の基本をご理解いただけただろう。しかし、問題となっているのは、幹細胞が何であるかということではなく、モラルに反するその採取方法である。

研究で使用された胚はどうなるのか?

たとえ胚性幹細胞であろうと、幹細胞を使って実験を行うこと自体に何ら問題はない。侵襲的手段を講じることなく細胞を取り出すことができるなら、細胞の倫理的価値が問われることはなく、議論の対象にはならない。ところが、胚性幹細胞を使う試験では、幹細胞を胚から採取する時に胚が犠牲になってしまうため、それが問題視されている。

ヒトの胚性幹細胞を使う研究を支持する人の多くは、大勢にとって利益になるならば多少のヒトを犠牲にしても構わないという倫理的考えに立っている。また、これらの胚は、いずれ死ぬ運命にあるのだから、それを利用したからといって問題にはならないと主張する人もいる。さらに、胚の人間性を認めず、ヒトは誕生するまでヒトではないという口実の元に自分の意見を正当化しようとする人さえいる。

最初の議論は、広く受け入れられている原則、すなわち2人のいのちを失うか、それとも1人のいのちを助けるかの選択において、1人を助けるべきだとする考えに類似している。しかしながら、胚性幹細胞を使った研究の場合、状況は異なる。胚性幹細胞の研究が行われずに病気やけがで亡くなる人がいるとしても、この研究を行わなければ胚が犠牲になることはない。ここでの選択肢は、無実の胚を死なせる必要のない治療法を模索するか、それとも治療に役立つかどうかわからない研究のために罪のない胚を犠牲にするかのいずれかとなる。大勢の利益のために少数のいのちを犠牲にしても良いという功利的な考え方が、ビン・ラディンによるワールド・トレード・センターの破壊につながったのである。

2番目の意見は、一見説得力があるように思われるが、十分な根拠に基づいたものではない。アーヴィング博士は次のように述べている。「死が近いことがヒトを殺してもいいという基準になるなら、『大勢の利益』のために、病気の末期にある患者、死刑囚、あるいは戦闘に向かおうとする軍人を殺し、その臓器や幹細胞を使ってもいいということになる」(9)。また、これらの子どもたち(胚)は初めから死ぬために選ばれたのではないことを付け加えたい。これらの胚が産生された方法もまたモラルに反するものである。「予備」の胚などあるべきではない。ヒトのいのちは受精の瞬間に始まり、ヒトのいのちは神聖なものである。不妊に悩む女性のために7個の胚を作成し、そのうちの1個だけを体内に戻して着床させる不妊治療のために胚の作成を行うべきではない。確かに、この方法により多くの女性が母親になる喜びを得ていることは事実だが、それと引き換えに罪のないヒトが何千と犠牲になっていることもまた事実なのである。

最後の意見は、中絶を巡る論争でよく聞かれるものだが、この場合には通用しない。我々には、気まぐれから一部のヒトには人権を認め、別のヒトには認めないという権限はない。人という言葉はヒトの同義語であるが、胚は科学的にヒトであると認められている。人間には、社会の弱者に人権を認めなかったという暗い歴史がある。

胚性幹細胞を使用した実験は実際に役に立っているのか?

胚性幹細胞を使った研究では成体幹細胞のような有効性が確認されていないという理由だけで、胚性幹細胞の研究に反対している人もいる。

モーリーン・コンディックは次のように述べている:

胚性幹細胞の科学的利点や医療分野への応用の可能性がマスコミの注目を浴びる一方で、胚性幹細胞およびその派生組織を患者に移植することで生じるという同様に説得力のある科学的・医学的問題は無視されている(10)。

ロンドンの社会科学研究所は、雑誌「サイエンス」に掲載されたある記事を上記の例として挙げ、次のようにコメントしている:

核移植によって胚性幹細胞からクローン形成されたマウスに胚性幹細胞の遺伝的不安定性が原因の遺伝的欠陥が多数現れているという記事が、昨年初めの「サイエンス」に掲載された。ワシントン・ポスト紙は、「臨床への応用の障害になるであろう」胚性幹細胞の遺伝的不安定性を記した重要箇所が印刷の数日前に論文から削除されたと報告している(11)。

コンディックは、病気や傷害の治療に胚性幹細胞を使用する場合の科学的問題として次の3つを挙げている。

  1. あるヒトに由来する細胞を別のヒトの体に移植することには、免疫の面で大きな問題がある。臓器移植と同様、幹細胞移植は、時間を稼ぐことには有効だが治癒を期待することは難しいと考えられる。
  2. 胚性幹細胞の正しい分化には、ペトリ皿上で簡単に再生できる化学物質ではない多数の物質が必要とされる。胚性幹細胞の分化には、これらの化学物質の代わりに、胚の複雑な環境を維持するために構造的にも機能的にも独自の成分が関わっている。
  3. 動物試験において、人体試験への移行を保証できるだけの十分な根拠が得られていない。今日まで、胚性幹細胞から形成した細胞が動物の成体に安全に移植され、損傷あるいは病変のある成体組織を修復したという証拠は1件も提示されていない(12)。

胚性幹細胞の研究を支援する人々は、こうした問題に対する解決策を提案しているが、残念ながらその解決策も欠陥だらけである。最初の議論に対して提示された解決策は、「科学的に信頼性に欠ける、社会的に容認しがたい、あるいはその両方の性質を兼ね備えたものであった」(13)。免疫系の問題を克服するために、胚性幹細胞の免疫特性を変更する大規模な遺伝子工学を提案した者もいる。しかしながら、そのような遺伝子工学が実行可能であるという根拠は今のところ存在しない。「治療を目的としたクローン作成」も提案されているが、その場合、細胞に異常をきたす可能性が高くなるだろう。クローン作成に伴いモラルの問題も生じるのは言うまでもない。ペトリ皿の上で胚の環境に関わる非分子成分を再生できればいいのだろうが、そのような技術は今のところ開発されていないし、近い将来開発されるとも思えない。コンディックは、「たとえ少数であったとしても、胚性幹細胞には、急激に増殖し致命的な腫瘍を形成する奇形腫を生む可能性がある」と述べている(14)。最後に、大々的な報道にも関わらず、動物試験において、モラル上疑問のある胚性幹細胞の有効性を裏づける十分な根拠は提示されていない。モラルに反する研究の容認を大衆に求める前に、十分な動物試験がまず行われるべきである。

他の方法はないのか?

前記の通り、幹細胞には、胚性幹細胞、胎児幹細胞、成体幹細胞の3種類がある。さらに、成体幹細胞には、今後の調査においてより有望な結果が期待できることもすでに述べた。アーヴィング博士は、下記の理由から胚性幹細胞の使用に反論している:

コンディックは、成体幹細胞は奇形腫を形成しないとも付け加えている。これらの事実にも関わらず、研究者の一部はなおも胚性幹細胞の使用に固執している。ISISはその理由を下記のように指摘している:

胚性幹細胞は「万能性」、すなわち体のどの細胞にも分化することができるが、成体幹細胞は「多能性」であるため、ほとんどの細胞に分化できるものの、すべての細胞に分化できるわけではない。したがって、成体幹細胞は一定の疾患の治療において広く利用することが可能だが、その他の不特定疾患の治療に必要な細胞に分化させることはできない。

胚から採取された幹細胞とは異なり、成体幹細胞は、培地で生育させていくうちに増殖能力が失われる(16)。

コンディックは、これらの懸念について異議を唱えている。彼女は、成体幹細胞の機能が実際に胚性幹細胞より劣っているかどうか現時点で確認されているわけではないと説明している。また、たとえ成体幹細胞が体を構成するすべての細胞に分化できないとしても、その利点が十分に発揮されるとも述べている。彼女は、「全身の細胞を取り替えるために医師のもとを訪れる人はほとんどいないだろう。心臓の成体幹細胞を使って心臓病患者の治療を行えるのであれば、腎臓には分化できず「心臓にしかならない」幹細胞であっても、その患者にとっては何の問題もない」と皮肉交じりに述べている(17)。別の医師は、足の爪になるはずの細胞が脳細胞になるというのは、あまり歓迎できるものではない、とその意見を述べている。2つめの異論について、コンディックは、培地上の細胞の増殖率を増すことは技術的な問題であり、実現が可能だと指摘している。さらに、患者自身の細胞を使って治療を行うことで、必要な細胞の数を少なく抑えることができる(18)。

結論

マスコミは、大衆に胚性幹細胞の利用を肯定させようとしているが、胚性幹細胞を疾患や傷害の治療に使用することには、科学的に無視できない課題が存在している。さらに、これらの細胞を使用するためには、無実のヒトを多数犠牲にしなければならない。ヒトの胚性幹細胞を使う研究は、倫理に反するだけでなく不必要なものでもあり、大衆の支持に値するものではない。一方、成体幹細胞に関する研究は、倫理的な問題がない上、胚性幹細胞の場合と同等の効果が期待できる。我々はだれもが病気を治す方法を見つけたいと考えている。しかしながら、その過程で無実のいのちを犠牲にすることは避けなければならない。

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