声を聞いて(真の思いやりある社会を求めて)

Editorial (オピニオン)
by リサ・ギグリオッティ
NCCB
許可を得て複製

思いやり---危機にあるいのち

ケボキアンという名の今では職を失った病理学者が繰り返しマスコミを騒がせていた渦中に、私は存在しています。その医師は「哀れみ深い人」だということを読んだり聞いたりして知っていました。

ところがそこには危険が潜んでいたのです。彼は、思いやりに満ちた行為の最たるものが死ぬ力のない人を手助けすることだと信じる社会の一員だったのです。あれだけ騒いだマスコミも助けを必要としている本人たちの声を取り上げることはありませんでした。

思いやりが最高の贈り物だということは私も知っています。それは贈る側にとっても、それを受け取る側にとっても同じことが言えます。「思いやり」を冒涜する昨今の傾向は、体に不自由のある人々のいのちを軽視する事実を象徴するもので、自殺の手助けを社会的に正当化するものです。これらのことから、身体に不自由を感じる人々は、自分たちのいのちが危機に直面していると当然のことながら信じています。

過小評価---危機に直面するいのち

身体障害者の弁護士を務めてきた経験から、障害を持つ人々に対する社会の偏見が歴史上長く存在したことが、彼らの自殺への決意は、彼らへの他人の思いが大きく影響されてきたことを、私はじかに知ることができました。彼らは他人の手助けによって自分のいのちを終わらせることについて、きちんとした情報のもとに先入観の伴わない判断を下すことがどうしても出来なかったと言います。障害を持ってこの世に生まれて来た時から、あるいは、ある日突然障害を持つようになった時から、彼らはあまりにも批判的な社会からのメッセージを浴びせられてきたのです。これらのメッセージは、彼らが家族や友人にとっていかに肉体的あるいは経済的に重荷になっているか、あるいは納税者にとってどれほど負担になっているかを何度も繰り返すことで、彼らを傷つけてきたのです。このような不利な状況の中で、漠然とした死ぬ「権利」は死ぬ義務に変わっていくのです。

これは信じられないような話でしょうか?ケボキアン医師が初めて自殺を助けたジャネット・アドキンズという女性は、つい最近になってアルツハイマーと診断されたばかりでした。医者はあと10年しか生きられないだろうと彼女に告げました。数日前まで息子とテニスを楽しんでいたというのに。アドキンズさんは自分が家族にとって重荷になることを心配し、自分がいなくなる方が暮らしも楽になるのではないかと家族に話を持ちかけました。それに対して彼女の家族は反対しませんでした。その後すぐに、家族の同意の下に彼女はキボキアン医師の助けを求めました。キボキアン医師は、彼女は死ぬに値する人だとしてすぐに応じました。

ジャネット・アドキンズの悲劇の運命は、リタ・マーカーの書『致命的な同情』のある一節を思い起こさせます。「誰かがあなたの死を望んでいるのを知ることは、ガンを患うことよりも致命的である。」

これと同じくらい致命的といえるのは、障害を持つ人々に対する今日の援助の不足です。苦痛緩和などの適切な医療ケアが十分でないことが、人々を自殺へと追い込んでしまっています。ケボキアン医師にかかった多くの女性たちを例にあげても、彼女たちはいずれも切迫した病状にあったわけではなく、医者にかかる必要があるほどのうつ病になりかけていたのです。障害者にとって同じように重大なのは、社会で独立した生活を送るための援助が完全でないことと、外の社会で働くための交通手段が整っていないことです。これらの二つの要素が完全であれば、障害を持った人々の生活の質もかなり向上させることができるはずです。

経験者の声

死に直結する病気ではないリューマチ性関節炎の患者に死の手助けをしようという出来事は、私にとってあまりにも身近すぎる話でした。まさにこれが私のいのちが危険にさらされた時のことです。

私はランナーでした。リューマチ性関節炎と診断されるまでは一日に3マイルから5マイルの距離を走っていました。それは突然のことでした。医大を受けようと思っていた矢先でしたが、すっかりその資格を失ってしまいました。私は病室に閉じこめられ、水を飲む時もグラスを口まで運んでくれる人の助けが必要になりました。病人用の便器を使わなくてはならなくなったし、拭くことさえも自分の力ではできなくなりました。でも、私は威厳だけは失いませんでした。

面倒を見てくれたのは母と祖母でした。二人は私を愛してくれたし、価値あるものとして扱ってくれました。それはきちんと感じとることができました。もう子どもではない私に食事を食べさせたり、お風呂に入れたり、トイレをさせてくれるのは、彼らにとって生活の一部でした。すべては真の思いやりからしてくれたことであり、決していやいやながらのことではありませんでした。二人は医大へ進むように私に勧めてくれました。私の存在価値を確信し、懸命にサポートしてくれました。二人のおかげで私は病床にあっても威厳を持ち続けることができたのです。

だが私は反対の側面も見てきました。病状もだいぶよくなって車椅子で自由に動けるようになった矢先に、母と祖母は事故で亡くなってしまったのです。そして、そのすぐ後に私には別の病気が発見されました。神経の筋肉が侵される、もっといのちにかかわる病気です。看病してくれる家族がいないこと、それから一日かけて行う透析の治療が必要だったことから、私は病院の近くの療養所に移りました。そこで適応能力が備わっていたのは私だけだったと思います。私は年が一番近い患者の部屋に入れられました。私より10才ほど年上の植物状態にある女性でした。

私は医大に入学したいと思っていました。なのに今は最愛の友人であり精神的擁護者であった母の死を嘆き悲しんでおり、隣に横たわっている女性が何一つわかっていない目で見つめているのを、目を覚ますと同時に気づき、45分おきにトイレの連絡をしてくる落ちつきのないヘルパーを待っている状況なのです。

私は同情してもらいたくてこのような話をしているのではありません。このような外圧などを伴う状態で人がいかに自分のいのちを終わらせたいと思うようになるかを理解できるからです。私には威厳を持って接してもらうことと重荷だという偏見を持って接せられることの違いがよくわかります。後者がどんなに強い精神力を持った人でさえ影響を受けることを私は知っています。あの療養所をあれほど早く去らなければ、私は今日まで生きてはいなかったでしょう。私は自分の障害に殺されるのではなく、社会がコントロールし、また変えることのできる環境によって死を迎えたに違いないと思っています。

残念ながら私のいずれの病気も慢性的なもので、再び私は不能におちいることもあるでしょう。だが私はその可能性を恐れてはいません。私が恐れるのは自分が生きているこの時代が、私のような患者に自殺幇助を処方するという事実、それに母が今はもういないということです。母は過去に、「娘は誰にも傷つけさせない。」と言ってくれた人です。擁護し、守ってくれる人を失った今、私はこれからどうなるのでしょうか。

障害者を見下げたような態度をとるのがジャック・ケボキアン医師だけではないのと同じように、彼の議題に恐れることなく対抗しているのは私だけではありません。多くの障害者が力を合わせて、「まだ死んでない」グループを結成し、自殺幇助や、肉体的病気や障害を持った人に対する否定的な考えに対抗する活動を行っています。あまり公にされていませんが、この論議について自殺幇助の「恩恵を受けている」とされる人々、すなわち、ひ弱だったり、高齢だったり、末期の病に苦しんでいる人々が、若い世代よりもずっとこの議題に反対しています。この致命的な解決法が、誤った利他主義、つまり最も直接的に影響を受ける人々がこの傾向に文字通り死ぬほど恐れているという事実を無視して、私たちの社会で受け入れられるようなことになったらなんという悲劇でしょうか。

「思いやりある社会」への挑戦

「全てのいのちは貴重である」とは、障害を持つ人々のいる地域社会にとって呪文のようなものです。本当の思いやりある社会というのは、その人の健康状態にかかわらず、一人一人の価値を尊厳できるものを指します。一方、同じ社会に住む自殺幇助支持者たちは、重い病や障害に悩む人々のいのちを守るよりも、自殺幇助を行う方が都合よく、その方がずっと慈悲深いというメッセージを送り続けています。

私を含めた障害者たちはこのメッセージに触れることが多くあり、私たちのいのちが危険にさらされていることを実感しています。私の面倒を見たり、苦しみや悩みを聞いたり、不自由な身体を優しくいたわるよりも、自殺幇助を行う方が経済的だという判断を下した社会に、私は恐れおののいています。

今私たちにできることは、自殺幇助という便利で経済的な解決策を提供しようとする偽りの「慈悲深い社会」を拒否していくことです。真の思いやりある社会を実現するためには、障害を持った人々のいのちを慈しみ尊重することが大切なのです。

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