泣いてもいいなんて知らなかった

Editorial (オピニオン)
ナイキール・コニー
Post Abortion Review
January-March 1999
許可を得て複製

「悲しみは人を子どもに戻す」---ラルフ・ワルド・エマーソン

私は妊娠したティーンエイジャー達に出産教育をしている。私の仕事は、若くして親となる二人に、親であることを教えることである。それには生まれつき障害のある子どもを持つことや、流産、死産、または出産後すぐ亡くなってしまう可能性についての勉強も含まれている。

このクラスは私にとって、教えるのが最も難しいクラスである。若い母親達はそれを一番恐れているから、そういうことについて、話したり考えたりしたがらない。そして私は結局こう言うことになる。もし自分の赤ちゃんが死ぬことを考えるのが辛過ぎるのなら、すでに赤ちゃんを亡くしてしまった他の母親達を助けるにはどうしたらいいのか、よく聞いて勉強しなさい、と。

私達は悲しみの段階、悲嘆にくれている人達の気持ち、何を言ってあげるべきか、何を言ってはいけないか、について話し合った。そして母親達が亡くした子どもへ書いた詩や手紙を読んだりした。

このクラスを一九九三年の秋に担当した時も女の子達は、それ以前のクラスの子達と同じように、耳を手でふさぎ「聞きたくない」と言った。

彼女達の拒絶にもかかわらず私が授業を進めると、いつの間にか女の子達は、自分の叔母や従姉妹、友達が赤ちゃんを亡くした時の事について話し出したのである。彼女達は、その叔母や従姉妹に何をして何と言ってあげるべきだったかを、その時に知っていたら良かったと言った。その時、子を亡くした母親を傷付けるような発言や行動をしてしまったと気付いたのである。

若い母親になる女の子の内の一人のマリアは、前に男の赤ちゃんが生まれて数時間後に亡くなってしまった話を勇気を出してしてくれた。その男の子が何故死んでしまったのかは、マリア自身誰にも話さなかったのでわからなかった。彼女は周りからあまり思いやってもらえず、その悲しみから立ち直るには又妊娠するしかないと思っていた。彼女はまた妊娠すれば悲しみは消え去ると思ったのだが、しかしそうではなかった。

クラスの女の子達はマリアを抱きしめ、慰め、言うべきではないことを言った子はいなかった。彼女達は話を熱心に聞いていたし、マリアにしてあげたことを私は誇らしく思った。彼女達はマリアの赤ちゃんの為に追悼式をしてあげることにしたのである。

そのクラスには4人、流産した子がいた。彼女達は始めはなかなかそのことを言い出さなかった。その子達は、自分の子どもを悼むものなのかどうかもわからないでいるようだった。そして私達は彼女達がその当時周りの人達にひどいことを言われた話を聞いた。

周りは冷たかった。早く忘れて生きて行けと言われた。どうせ妊娠するべきではなかったのだから赤ちゃんが死んだのは結果として良かったのだ、赤ちゃんの死は神様からの罰だと言われた。家族や友達の前で泣いても気が休まらなかった。その内感情を隠すようになり、涙も見せなくなった。

このクラスが終わる頃には私達は泣きすぎて鼻が真っ赤になっていた。疲れてもいた。けれど私達は気持ちを分かち合い、お互い近い存在になった。クラスの終わりに私はさりげなく、中絶をしたり子どもを里子に出したりした女の子達も深く悲しんでいるはずだということを話した。その時の私には、その一言によってどういうことになるか全くわかっていなかった。

その午後、三人の女の子が私のオフィスを訪ねてきた。三人とも中絶経験者だった。それぞれの話に私は心を痛めた。彼女達は全員自分の赤ちゃんの死を悲しんでいたのに、それに気が付いていなかったのである。彼女達の私への信頼を感じ、その子達をより愛しく思うようになった。

ティファニーの話

ティファニーは若い女の子だったが、その涙であふれている顔を私はずっと忘れないだろう。

彼女はどうしても目立つ子だった。もめ事をよく起した。身体が大きくて声も大きく、彼女が行く所では必ず喧嘩が起った。先生が言うことすべてに対して質問し、彼女の母親も兄弟も彼女から離れたがった。彼女はいつも先生やまずい食事、貧しいこと、馬鹿な男の子達、そして不公平な世界について文句を言っていた。

ティファニーは同時に一番出来る生徒だった。彼女は公平で正直で、いじめられている生徒の味方だった。でもほとんどいつも怒っていた。その短気のせいでいつも問題を起し、いつも校長の部屋に呼ばれていた。

その日彼女が悲しみを学ぶクラスの後で私のオフィスに来るまで、ティファニーがどうしていつもそう怒っているのか、私はわかっていなかった。実際彼女は私のオフィスに走り込んできて私をびっくりさせた。「信じないと思うけど、聞いて下さい。」

私はいつもティファニーの率直さに感心していたが、その時はその大きな美しい茶色の眼も素晴しいと思った。彼女は不安と恐れと怒りが全部いっしょになっているように見えた。そして自分の息を整えると、「私はこれまでに4回中絶しました。」と突然言い出した。

私は眼を閉じ、彼女の痛みを感じ、「ティファニー、それはお気の毒だったわね。」と言った。

私にその話をする気になったのか、と私が聞く前に、すでに彼女は大きな声で話始めていた。「私が最初の中絶をしたのは14歳の時です。妊娠した時、私はお母さんにすぐ話しました。するべきことをしたのです。お母さんは悲しむだろうとは思いましたが、まさか私に中絶を受けさせるとは思いませんでした。

「ある朝早くお母さんに起されて、仕度をするように言われました。中絶の予約を取ってあると言うのです。私は信じられませんでした。その時は言われた通りにしましたが、中絶クリニックに着くと私は泣いて中絶をやめさせてくれるよう懇願しました。お母さんはうちは貧乏だとかもう子どもは要らないとかブツブツ言ったので、クリニック側は私でなくお母さんの言うことを聞いたのです。結局中絶されました。」

「クリニックでは私に麻酔もかけなかったのです。そうすると高くなるからだと。でもとても痛いのです!痛いのに彼等はそんなこと気にもしなかったのです!お母さんも、医者も看護婦も、誰も気にしてくれなかったのです!」

彼女の顔に苦悩が広がりました。そして一息入れた彼女は又始めました。「ダルヴァンという人が赤ちゃんの父親でした。私は彼を愛していたし、私の子どもの父親には彼になってもらいたかった。中絶のことは彼に話しませんでした。そして私は二度目の妊娠をしたのです。」

「妊娠するとすぐお母さんに言いました。お母さんがもう一度私に中絶させるとは思わなかったからです。でもお母さんは同じことを繰り返しました。中絶をさせないでくれ、と私は何度も頼みました。でも誰も聞いてくれませんでした。誰も気にかけてくれなかったのです。」

「帰りのバスの中で私は泣き続け、お腹はひどく痛みました。ダルヴァンと私はその後別れました。彼には中絶について話せませんでした。彼の赤ちゃんを死なせたことを悪いと思いました。彼は自分が父親だったことさえ知らないでいるのですから。」

落ち着きは取り戻したけれど表情は堅いままティファニーは続けた。「それからの私は何が起ろうとどうでも良くなりました。パーティーに行きお酒を飲みました。誘う人とは誰とでもセックスし、また妊娠したのです。私は妊娠5ヶ月になるのを待ち、それからお母さんに伝えました。けれどお母さんが私を前と同じ先生のところへ連れて行くと、先生は中絶するのにまだ遅くはないと言ったのです。どうしてあの人達は何度も私をこういう目に合わせたのでしょう?」

「その時は私はすでに数ヶ月経っていたので、大きい病院へ行かなければなりませんでした。先生は塩水とかいうものを私の中に注射しました。それは最低でした。赤ちゃんが蹴飛ばしたり戦っているのがわかりました。そして赤ちゃんは蹴るのをやめ、私には死んでしまったのだとわかったのです。」

「次の日陣痛が来ました。すごい痛みでした。お母さんには部屋にいっしょにいて欲しくありませんでした。ひどい人だと思ったからです。私達はずっと喧嘩していました。だから家に帰ってくれと言いました。私は一人で赤ちゃんを生みたかったのです。私は心のどこかで赤ちゃんが生きて生まれるのではないかと期待していました。そうすれば医者もその命は助けなければならないからです。」

「痛みは長引き増していきました。そして私がふんばると、小さな男の子が死んで生まれました。私は又ひとりぼっちでした。誰も気にかけてくれなかったのです。私は一分程泣いてから子どもをシーツにくるんで看護婦を呼びました。看護婦が来てくれるまでに15分もかかったのです。」

「私の女の赤ちゃんの父親が誰だか、私ははっきりわかりません。四度目の妊娠をお母さんに伝えた時私は妊娠6ヶ月目でしたが、お母さんは私を叩いて髪を引っぱるのをやめようとはしませんでした。また同じ病院で同じ先生によって中絶を受けました。もう泣きませんでした。きっと私ももう慣れてしまったのでしょう。」

そしてティファニーは嫌悪の表情で、歪んだ唇を震わせてそこに静かに立っていた。私を非難するならすればいいというように。今にも私につっかかって来そうだった。そして両眼にあふれそうになっている涙をこらえてるのだった。

「ティファニー」私は聞いた。「あなた自分の赤ちゃんの為に泣いたことある?」

困った様な表情が彼女の顔に浮かんだ。そんなこと言われるなんて思ってもいなかったというように。「誰も泣いていいなんて言わなかったわ。」と彼女は驚いた声で言った。

そして私は何故ティーファニーが私にこの話をしたのかがわかった。ティファニーは他のクラスの女の子達が泣いたのと同じように自分も泣いてもいいか、私に許可をもらいたかったのだ。だから私は許可を与えた。

「ティファニー、泣きたいだけ泣いていいのよ。泣いて当り前なのよ。あなたには泣く権利がある。あなたの赤ちゃん達は死んでしまって、あなたはそれが悲しいんだから。」

私のこの言葉を聞くと、強くて都会的で洗練されたティファニーは、傷付いてボロボロの子どもになった。ティファニーは私に手を差し出し、泣きながら「私を抱いて。抱きしめて」と言ったのだった。私は彼女を抱きしめゆすってなだめながら、髪の毛をなでてあげた。そしていっしょに泣いたのだった。

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