過去を振り返りながら将来にむけて平和を実現する者になりましょう

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2014年平和旬間
日本カトリック司教協議会 会長談話
会長 岡田武夫
出典  カトリック中央協議会
2014年7月3日
許可を得て複製

2014年の平和旬間にあたり全国の信者の皆さんに挨拶をおくります。

1981年広島を訪れたヨハネ・パウロ二世は言われました。

「戦争は人間のしわざです。戦争は人間の生命の破壊です。戦争は死です。この広島の町、この平和記念堂ほど強烈に、この真理を世界に訴えている場所はほかにありません。」(「広島平和アピール」) この教皇の声は33年を経てなお強くわたしたちの心に響いています。戦争ほど悲惨で愚かな所業はありません。わたしたち人類はどんなことがあっても戦争の過ちを繰り返してはならないのです。「過去をふり返ることは将来に対する責任を担うことです。」 教皇が繰り返し言われたこの言葉を今また思い起こしましょう。

今年は第一次世界大戦開始から100年にあたります。1945年8月15日に終結した第二次世界大戦とともに、これら前世紀の2つの世界大戦の悲劇は何故起こったか、その理由を考えてみましょう。多くの場合、戦争は正義を根拠にし、自国の防衛を理由にして行われます。 対戦する国々がそれぞれ自衛のための正戦を主張しながら戦闘が繰り返され、その結果多数の尊い生命が犠牲にされるのです。

わたしたちは、あらためてアジア・太平洋戦争に至ったときの流れを振り返りながら、日本国民として、またカトリック教会のメンバーとして、この戦争の引き起こした悲しい結果に対する責任を自覚しなければならないと思います。

アジア・太平洋戦争の悲劇を経て制定された日本国憲法は、第9条で「国際紛争を解決する手段としての戦争の放棄と戦力の不保持」を誓いました。この平和憲法のおかげで、わたしたち日本国民は、このほぼ70年もの長きにわたり、戦争で誰も殺さず、誰も殺されないで過ごすことができたのです。この事実は実に人類の歴史上稀なことであり、世界に誇る実績なのです。戦争放棄を定めたこの憲法を保持し続けた日本国民が2014年 ノーベル平和賞の候補になったことは実にうれしい明るいニュースです。

しかし安倍内閣は、この7月1日に集団的自衛権の行使を容認する憲法解釈変更の閣議決定によって、この憲法を踏みにじりました。平和的生存権のためには、集団的自衛権の行使(参戦)も必要というものですが、犠牲を伴わない戦争はありません。わたしたちの平和的生存権は戦争によって脅かされるのであって、戦争によって守られるはずがありません。また人々の犠牲の上に成り立つ平和的生存権などありえないのです。

「平和を築くには、戦争をする以上に勇気を必要とします。出会いを受け入れ、対立を退けるには勇気が必要です。暴力でなく対話を、敵意ではなく和平を、 挑発ではなく協定の尊重を、これらすべてには大きな勇気が必要です」。これは、先日ヴァチカンにおいて、イスラエルのシモン・ペレス大統領とパレスチナ自治政府のマフムード・アッバス大統領を迎え、「平和を願い求める祈りの集い」を行ったときに教皇フランシスコが言われた言葉です。

平和旬間にあたり教皇が言われるこの勇気をもって、過去を振り返り反省しながら、相互の信頼と尊重を基調とする対話を通して平和を実現する者となるよう努め、そのために祈りましょう。

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