ヒト胚作成指針案に関する意見

Documents, Official (ドキュメント, 公文書)
日本カトリック司教協議会常任司教委員会
2010年8月3日掲載
http://www.cbcj.catholic.jp/jpn/doc/cbcj/100803.htm
許可を得て複製

解説

2010年7月9日付で文部科学省と厚生労働省が実施した「生殖補助医療研究目的でのヒト受精胚の作成・利用に関する倫理指針の整備に関する意見募集(パブリックコメント)」(注1参照)に対して、日本カトリック司教協議会常任司教委員会(委員長:池長 潤 カトリック大阪大司教)は、8月3日、意見公募に応じ、意見表明を行いました(注2参照)。

2004年、国の総合科学技術会議が報告書「ヒト胚の取扱いに関する基本的考え方」で、生殖補助医療研究のためにヒト受精胚(受精卵)を作成することを容認したのに基づき、文部科学省と厚生労働省が「研究目的でのヒト受精胚作成」を実施するための指針を整備しました。今回のパブリックコメントはこの指針案の内容の是非を問うものです。

「研究目的」で作成されたヒト受精胚は、母胎に戻さず、14日目までに「廃棄」されます。受精の時点からの人格の尊重を求めるカトリック教会の考え方(注3参照)に基づけば、このようなヒト受精胚の扱いは道徳的に許されません。

意見表明は、カトリック教会の教えに基づいて、国のヒト受精胚をめぐる施策に反対し、その見直しを求めるものです。とくに次の3点を指摘します。

  1. 今回の倫理指針作成のもとになった、研究目的でのヒト受精胚の作成を認めた2004年の総合科学技術会議の決定は、人の受精胚の生存権を否定するもので、間違いである。
  2. 国は人の受精胚の保護を基本とする国際的人権・倫理原則に従うべきである。
  3. 2004年の総合科学技術会議の決定に対して、今回、指針を作成した生殖補助医療研究者の委員からも疑問が表明されており、決定の社会的妥当性・科学的合理性が疑わしい。

(1) パブリックコメントは、国が行政指針の策定に際して広く国民の意見を求める手続きです。今回の意見募集(パブリックコメント)は以下のウェブサイトに公開されています。意見受付の締切は2010年8月7日です。 http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/22/07/1295655.htm

(2) 日本カトリック司教協議会は、2004年の「ヒト胚の取扱いに関する基本的考え方」についてのパブリックコメント(http://www.cbcj.catholic.jp/jpn/doc/cbcj/040304.htm)、2008年の「特定胚の取扱いに関する指針等の改正案」に関するパブリックコメント(http://www.cbcj.catholic.jp/jpn/doc/cbcj/080710.htm)でも意見を表明しています。今回の意見表明は、日本カトリック司教協議会として国のパブリックコメントに応じたものとして3回目となります。

(3) 人の受精卵の取扱いに関するカトリック教会の教えは次のとおりです。


文部科学省研究振興局ライフサイエンス課生命倫理・安全対策室 殿
厚生労働省雇用均等・児童家庭局母子保健課 殿

ヒト胚作成指針案に関する意見

わたしたちは、「ヒト受精胚の作成を行う生殖補助医療研究に関する倫理指針」(以下「倫理指針」)案そのものを承認できないと考えます。理由は以下のとおりです。

  1. 国はすでに2004年に総合科学技術会議において、生殖補助医療研究目的での新たなヒト受精胚作成を容認する決定を行いましたが、この決定そのものが問題であったと考えます。人の受精胚は、受精のときから一個の人格として取り扱うべきものであり、研究目的で人の受精胚を作成することは非道徳的です。個々人の譲ることのできない生存権は、受精のときから、市民社会と法律を成り立たせる一つの要素です。それゆえ国家がすべての人の権利、とくに弱者、中でも出生以前の人の受精胚の権利の保護のためにその力を行使しないなら、法治国家の基礎そのものが脅かされます。人の受精胚を研究目的で作成した上、14日目までに廃棄する(倫理指針案第3章第2、第5)ことは、受精胚の生存権そのものを否定することになります。
  2. 研究目的でヒト受精胚を作成することを認める国は世界的にも英国とベルギーだけであることが今回の倫理指針作成のために行われたヒアリングでも報告されています(科学技術文明研究所研究員〔当時〕神里彩子「生殖補助医療研究に関する海外の規制状況」、第2回厚生科学審議会科学技術部会ヒト胚研究に関する専門委員会〔2005年12月13日〕議事録6頁)。「ヒト受精胚の取扱い」に関する国の決定は、国民的に議論されておらず、法的な基盤を持つものでもなく、総合科学技術会議の報告が決定したにとどまります。国は、ヒト受精胚の保護を基本とする国際的・普遍的な人権・倫理原則に基づいて、国の態度を決定すべきです。
  3. 今回の倫理指針作成にかかわった吉村泰典委員(慶應義塾大学医学部教授、社団法人日本産科婦人科学会理事長)が委員会の中で、研究目的でのヒト受精胚作成を容認する2004年の総合科学技術会議の決定に繰り返し疑問を呈したことも注目されます。吉村委員は、総合科学技術会議の決定は、生殖補助医療研究者として「考えつかないような提言」(第4回厚生科学審議会科学技術部会ヒト胚研究に関する専門委員会/第3回科学技術・学術審議会生命倫理・安全部会生殖補助医療研究専門委員会〔2006年4月7日〕議事録28頁)、「とんでもないこと」(第12回厚生科学審議会科学技術部会ヒト胚研究に関する専門委員会/第11回科学技術・学術審議会生命倫理・安全部会生殖補助医療研究専門委員会〔2007年6月29日〕議事録15頁)であり、「間違っている」(第16回厚生科学審議会科学技術部会ヒト胚研究に関する専門委員会/第15回科学技術・学術審議会生命倫理・安全部会生殖補助医療研究専門委員会〔2008年3月3日〕議事録44頁)と述べています。2004年の総合科学技術会議の決定は、生殖補助医療研究にとっても、その社会的妥当性・科学的合理性が疑わしいと考えます。

したがって、国が研究目的でのヒト受精胚作成を容認する方針をあらためて見直されることを強く求めます。

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