もし、道徳的義務により、避妊薬を決して使わないなら、どうするべきでしょうか?

Brown, Judie (ブラウン・ジュディ)

結婚において、身体で交わす会話があります。つまり夫婦生活です。その時あなたは子どもを授かるかもしれないという可能性を認めています。

多分、どのような形の人工的な家族計画であれ、肉体的、精神的にあなたの健康を危険にさらす可能性があるということに気づいていないでしょう。そのような方法を利用するというまさにそういう行為は、子どもを授かる可能性を否定し、事実その可能性にノ−と言っているのです。そのような方法は身体の自然の過程に直接に干渉し、あなたとあなたの配偶者を不妊にします。それらは、しばしば肉体的に安全ではなく、あなた達2人に子どもという授かりものに対する態度を消極的な方向へし向けます。さらに、その失敗は調査する価値があります。中絶というのはしばしば避妊に失敗した結果なのですから。

夫婦生活の行為は、互いに全ての自己献身の表現です。それは、お互い全てを明け渡し、信頼と愛と会話が基礎になっています。これはしばしば身体の言葉と呼ばれています。なぜなら、行為の中にイエスという言葉があるからです。つまり、私の全てがあなたのもので、あなたの全てが私のものということです。さらに、私はあなたで、あなたは私であり、わたし達はひとつです。あなたにとって最良のものは、私にとっても最良のものです、と言っているのです。

しかしながら、人工的な家族計画が利用された時、イエスというのは本当に不誠実なものになります。

結婚の本当の意味は、互いに全く自己献身で、子どもは歓迎されているという承認です。子どもは授かりものです。赤ちゃんは予期され、喜ばれる贈り物です。なぜなら、彼らは結婚した日から始まる文字通り結合の結果だからです。

お互いについて、あなたがどのような役目を果たしているのかについて、別の人間をもうける可能性について予期することの意味を学べば学ぶほど、お互いをより良く理解し、お互いにより良く尊敬し合い、自然が意図したように本当の意味でより良く身体を分かち合うでしょう。そのような経験は、結婚を強くし、結婚式の日に認められた2人を結んでいる絆を強くし、2人の人間が身体を一つにするという交渉を感謝する能力を強め、すべてのレベルにおいての強化に貢献します。実際に、お互いにそのような個人的愛情を持って生活することは、思いやりや、愛情や、肉体的、感情的、精神的な側面での人間の性別の魂をも豊かにします。あなた方どちらもが他方にとって客体ではなく、お互いに愛すること、人生、家族としてとても深いレベルでゆだねあっているのです。

結婚したカップルは時折とても難しい状況に直面するということも明らかです。そのような状況に陥り、子どもの出産に関係している時、どのようにすればよいのか。答えは夫婦生活の行為を全て真実の意味で決して妥協しないことです。むしろ、自己抑制を学んだり、より良い時期を予期することを学んだり、子どもを妊娠することを感謝することを学んだりすることで答えは見つかります。全ては失われていないのです。お互いと神への信頼のうちに、配偶者が分かち合っている真実で永久的な愛のために、それ自身で作用します。なぜなら、究極的には夫婦は「なんじ、なしえるでしょう」という神への陳述に同意しているからです。

互いに相互愛という豊かさで一生生き延びることは決して不可能ではありません。しかし、家族計画のみの方法に頼っていくことは問題があります。なぜなら、家族というものに消極的な感情を抱いているからです。これは、家族計画という言葉からも見られるように不自然なだけではなく、夫と妻としての関係の充分な発展においても不健康です。

忘れないで!薬や装置の利用は、あなたの身体を危険にさらすだけではなく、あなたの不死の魂までも危険にさらすことになるのです。これはまさに、キリストが教えていることなのです。「体は殺しても、魂を殺すことのできない者どもを恐れるな。むしろ、魂も体も地獄で滅ぼすことのできる方を恐れなさい。」(マタイによる福音書 10:28)

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