シマザキ・ヒロキ Shimazaki, Hiroki

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新出生前診断〜中絶〜

先週の金曜日(11月22日付)の毎日新聞のトップページに、「新出生前診断『陽性』53人が中絶」 という記事が載っていました。

福音のすすめ〜聖家族〜

主の降誕を祝った、次の1 2 月の主日は、聖家族の祭日となっています。今年の場合、主の降誕の二日後にあたる今日、お祝いすることになります。 ここで、聖家族とは何かということを、皆さん、おわかりかとは思いますが、復習のつもりで聴いてください。 聖家族と呼ばれるのは、イエスとその母マリア、そして養父のヨセフのことです。なぜ、聖家族と呼ばれるのかというと、 神の独り子であるキリスト・イエスが神から人間として派遣されてこの世に来たときの家族だからです。 もう一つ付け加えると、キリストは、神そのものであると同時に人間でもあります。つまり、 同時に神と人間の両方を持ちあわせているということです。ですから、 神を子どもとして与えられたヨセフ一家が聖家族と呼ばれるようになったのです。そして、この聖家族が、 わたしたちの家族のモデル、見本となります。そこで、今日は、家族について皆さんと一緒に考えていきたいと思います。

≪ 感情(1)〜(3)≫

今回は、感情について考えていきたいと思います。人間は、誰しも感情をもっています。 あまり感情を表に出さない人がいますが、そのような人を見ると何か不気味で、能面のような顔に見えます。感情とは、 神からわたしたちに与えられた賜物の一つです。ある人は、「感情は良くない」と思っているかもしれません。もし、 感情が良くないものとするならば、なぜ、神はわたしたちに与えたのでしょうか?神は、すべての被造物を造られたときに 、「良し」と言っています。神が「良し」と言われたということは、そのものは完全であり、善であるということです。 人間の場合、その後に罪が入り込んでしまい、完全な善の存在とはいえなくなりましたが、その罪を通して、 わたしたち人間が、成長する一つのきっかけにもなります。

コミュニケーションの大切さ(2)

コミュニケーションをするにあたって欠かすことのできないことは、相手の話を「きく」ということではないでしょうか?でも「きく」といっても、いろいろな意味合いがあります。

コミュニケーションの大切さ(3)

今まで二回にわたり、コミュニケーションツールと「聴く」と言うことについてお話ししてきました。最後に、コミュニケーションにおいてもっとも大切なことだと思うことをお話ししたいと思います。それは、表題にもある「そのままのあなたでいい」と言うことです。これは、そのままの「わたし」というのは、何ものにもかけがえのないものだと言うことです。「わたし」はわたしであって、あなたでも、彼でも彼女でもないのです。その「わたし」ということをコミュニケーションにおいては尊重し、生かし続けることが大切となります。

コミュニケーションの大切さ(1)

現代社会は、IT(情報技術)社会と呼ばれています。数年前までにはほとんどなかったインターネットの発達と携帯電話の普及が急速に進んでいます。特に携帯電話は、小学生の四分の一が持っていると言われているほど、老若男女が持ち歩いている機械です。また、ただ通話するだけではなく、インターネットのホームページが検索できたり、eメール(電子メール)が利用できたりと、携帯端末として発展を続けています。これらのものは、現代社会においては、もはや欠かすことのできないものとなりつつあります。でも確かに便利ですが、そこに潜む落とし穴もあります。

自殺について

自殺に関する考え方も、公会議前と公会議後では大きく変わった点の一つです。公会議前は、教会法によって、教会での葬儀は認められていませんでした。それは、自殺した人が、「大罪のまま死んで、地獄に行ったので祈ってもしょうがない」、という考え方からだったのでしょう。

生命倫理について(5)

前回に引き続きもう少し、堕胎について考えてみたいと思います。厚生労働省が平成13年に母体保護統計を発表しました。その中に人工妊娠中絶についての統計報告があります。それを見てみますと意外なことに気づかされます。

生命倫理について(4)

今回は、堕胎について考えたいと思います。教会の考え方としては、堕胎は殺人と同じ重大なことであると言っています。では、具体的には、堕胎はどのような問題をはらんでいるのでしょうか?

≪生命倫理について≫(3)

今回は、体外授精を取り上げたいと思います。体外授精には、配偶者間と非配偶者間の二パターンがあります。教会では、どちらも正常な生殖行為によって行われるものではないので、否定されています。(ただし、配偶者間においては、不妊で悩んでいる夫婦に対して同情を示しています。)この二つに共通する問題は、まずは、現在の医療技術では、授精させるためには複数の卵子と精子が必要となり、運良く着床し、胎児が成長してくると、使用されなかった卵子と精子が残り、それらは処分されることになります。教会では、この行為は中絶するのと同じ行為であると指摘しています。また精子を採取する方法も問題だとも指摘しています。ただ倫理的には、配偶者間においては、上記で言ったように同情の余地があります。

生命倫理について (2)

タレントの向井亜紀さんのことで、代理母がマスコミに取り上げられました。代理母は、カップルの精子と卵子を受精させ、その受精卵を自分たちとは関係のない別の女性の子宮を借りて、着床させ、子どもを産ませるというものです。いくつかの問題があると思いますので、整理しながら考えてみたいと思います。

生命倫理について(1)

「赤ちゃんポスト」や「代理母」などといったことが今世の中を騒がせています。そこで、今回より生命倫理について考えてみたいと思います。

水子供養

そして、何よりも、わたしたち一人一人が堕胎ということに大きなリスクがあるということを再認識することが大切です。現象面だけを見れば、堕胎は簡単なことかもしれません。しかし、堕胎は、今言ったように、女性に対して、心や体の傷を与えることであるし、また、一人の生命を粗末にすることによって、他の人や物に対しても同じように接していくことになります。これは、神様の望んでおられることではありません。もっと、本当の意味での人間の生命、人間の尊厳を考えていきたいものです。