バイオエシックス : カトリック公文書

いのちの福音
Evangelium Vitae

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第二バチカン公会議は、人間のいのちに対する多くの犯罪と攻撃を強く弾劾しました。その妥当性は今日も変わりません。公会議から三十年後、わたしは公会議の言葉を再び取り上げ、公会議と同じ強さをもって全教会の名においてあの弾劾を繰り返します。わたしは、あらゆる公正な良心の真の意見を代弁していると確信します。「あらゆる種類の殺人、集団殺害、堕胎、安楽死、自殺などすべて生命そのものに反すること、傷害、肉体的および精神的拷問、心理的強制などすべて人間(ペルソナ)の十全を侵すこと、人間以下の生活条件、不法監禁、流刑、奴隷的使役、売春、人身売買などすべて人間の尊厳に反すること、また労働者を自由と責任のある人間(ペルソナ)としてではなく、単なる収益の道具として扱うような悪い労働条件など、これらのすべてと、これに類することはまことに破廉恥なことである。それは文明を毒し、そのような危害を受ける者よりは、そのようなことを行う者を汚すものであって、創造主に対するひどい侮辱である」

クローニングに対する考察

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しかしながら、ジャーナルNatureの1997年2月27日号に発表された、スコットランド人科学者で、エジンバラのロスリン研究所のJan Vilmut氏、K.H.S. Campbell氏と彼らチームが行なった羊のドリー誕生のニュースは、世論に尋常でない影響をあたえ、委員会や国、それに国際的な権威によって宣言が公表されるにまでになった。これは目新しいものであり、問題だとも考えられたため、衝撃があったのだ。

クローニングに対する声明書
ローマ法王庁生命アカデミー

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「クローン」という言葉は、思考においても実験の実践においても、異なった目的、専門的な手順という意味において、違う意味をもつようになった。

ヒト胚を使用し破壊するクロ−ニングは倫理的に認められない

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法王は、ヒトのクロ−ニングの技術は、「ヒト胚の操作や破壊を伴う限り、たとえその意図する目的それ自体が良い場合でも倫理的に認められるものではない。」と述べられました。そして、「大人から採取した幹細胞を使用する」他の治療的介入の形態を提案されました。

ヒト胚作成指針案に関する意見

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2010年7月9日付で文部科学省と厚生労働省が実施した「生殖補助医療研究目的でのヒト受精胚の作成・利用に関する倫理指針の整備に関する意見募集(パブリックコメント)」(注1参照)に対して、日本カトリック司教協議会常任司教委員会(委員長:池長 潤 カトリック大阪大司教)は、8月3日、意見公募に応じ、意見表明を行いました(注2参照)。

ヒト胚性幹細胞の生産と科学的及び治療上の使用に関する宣言

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この文書は、現在、科学や倫理の文献の中で、また世論の中で行なわれている、胚性幹細胞の生産と使用についての議論に寄与しようとしているものである。このような細胞の生産と使用の制限や合法についての討論がより関連づけられているので、現在ある倫理的意味についての考察が緊急を要している。

ヒトクローニングに対する聖座(カトリック教会の本部)の見解
国際連合へのバチカン使節団

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聖座は、いかなる技術が使われ、いかなる目的のためであろうとも、ヒトクローニングに対する世界的で全面的な禁止を強く支援します。その見解は(1)クローニング過程の生物学的分析及び(2)人類学的、社会的、倫理的、法的考察により、ヒトクローニングが生命や人類の尊厳、権利に与える否定的影響に基づいています。

教皇ベネディクト十六世の347回目の一般謁見演説

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ご存じのとおり、わたしは(拍手)――皆様の同情に感謝します―― 主が2005年4月19日にわたしにゆだねた奉仕職を辞任することを決断しました。わたしはこの決断を教会の善益のために完全な自由をもって行いました。それは長期にわたる祈りと、神のみ前での良心の糾明を経てのことでした。わたしはこの行為が重大なものであることをよく分かっていましたが、 必要な力をもってペトロの奉仕職を果たすことができないことも同じく自覚したからです。教会はキリストの教会です。だからキリストは教会がご自分の指導と配慮を欠くことを許しません。 わたしはこの確信に支えられ、照らされています。皆様がこれまで愛と祈 りをもってわたしに同伴してくださったことを感謝します。ありがとうございます。 この数日間はわたしにとって容易なものではありませんでしたが、わたしは ほとんどからだでも、祈りの力を感じました。この力は、教会への愛と、 皆様の祈りがわたしにもたらしてくれたものです。わたしのため、教会のため、次の教皇のために、引き続きお祈りください。主がわたしたちを導いてくださいます。