研究論文 コラム 説教 カトリック公文書

生命ニュース

受精卵ゲノム編集認めず 生殖医療応用で学術会議
委員会では提言の素案を議論。遺伝性の病気をあらかじめ治すために受精卵などにゲノム編集をすることについて「生まれる子の健康に重大な懸念がある」と指摘。改変が次の世代にまで受け継がれ「人類全体の未来にも影響する」とした。

東洋医学が教える「心」と「からだ」の関係
過ぎたるは及ばざるが如し。中庸を目指すべし!心も体も常にバランスが取れており、穏やかでいることが望ましいのです。

今年は「反トランプ」旗印=恒例の同性愛行進−NY
2015年のゲイ・プライドは、同性婚は憲法上の権利と認めた連邦最高裁判決を祝福。16年は、南部フロリダ州オーランドの同性愛者が集まるナイトクラブで起きた乱射事件の直後に当たり、厳粛な雰囲気に包まれた。

小林麻央さんが選んだ「在宅ホスピス」の実態 どんな医療ができるの?容態が急変したら?
このようなこころのケアが医療の中に導入され、上手く機能することになれば、患者さんが受ける終末期医療自体に大きな変化が訪れるだけでなく、医療そのものが人間全体をみるものになることでしょう。

なぜ定年後のボランティア長続きしないか
定年後どうするかを考えるときに、自分を変えなければと考えている人が少なくない。そういった転身願望に応えるような書籍なども多い。しかし人は簡単には変われない。むしろ「ありのままの自分」をどこに持っていけば、社会とつながることができるかといった視点が大切だ。社内では専門性が高いと思えない総務や経理担当者の知識でも、老人ホームや障害者の介助を行っているNPOにおいては重宝されることもある。大手企業では先端と言えなくなった技術でも、求める中小企業にとっては役立つことを実感したという技術者もいるのである

他のニュース…

生命の本

いのちの福音

人工妊娠中絶や安楽死など人間のいのちを軽んじる行為が合法化されようとしている現代社会の中で、神のかたどりである人間のいのちを尊重し、守り、愛することの大切さを、聖書や教会の伝統的な倫理観に基づいて訴えています。
[カトリック中央協議会出版部]

第二バチカン公会議公文書全集

キリスト教生活を信者のうちに日々豊かなものにし,変更可能な諸制度を現代の必要によりよく順応させ,キリストを信じるすべての人の一致に寄与することすぺてを促進し,また,すべての人を散会のふところに招き入れるために役立つ,すべてのことを強化しようと望む聖なる公会議は、典礼の刷新と促進について配慮することも特にその使命であると確信する。
[サン パウロ]

『子どもにとってT必要な親Uになれる人、なれない人』

一冊の本を読んで子どもの教育ができる訳はないが、50年以上の教育現場を経験してきたマーテル師の言葉には重みがある。親にとって一番やっかいな「子どもの思春期」と、どのように取り組めばよいのかわからず、悩み、苦しみ、教育に自信をなくしている親御さんに、著者はこんな言葉を贈ります。
[サン パウロ]

読んでください

New! 私たちが失ったもの

Editorial オピニオン
当方は最近、2冊の小説を読んだ。1つは村上春樹著「海辺のカフカ」、もう1つは小川洋子著「博士の愛した数式」だ。 いずれも一気に読めた。「海辺のカフカ」では幼少時代の記憶を失う一方、猫と会話できる「ナカタさん」に、「 博士の愛した数式」では、交通事故で記憶が80分しか保たなくなった主人公の数学者の言動に、非常に感動を覚えた。「 ナカタさん」も「数学者」も社会から取り残された環境下で生きている。物語では、行方不明となった猫を探す「 ナカタさん」や、一日中、数式を考え、数学の懸賞金問題の解明に耽る「老数学者」の生き方、 その言動に他の登場人物が次第に惹かれていく様子が巧みに描かれている。

生命に特許はいらない!キャンペーンニュースレター

McCartin, Paul マッカーティン・ポ−ル
ニューヨーク・タイムズ紙が伝えたところによれば、米国およびカナダで栽培されているGM作物は、全体として見ると、 収量増にも化学農薬の使用量減にも結びついていない。

家庭崩壊を食育で食い止める!

Okinaka,Ichirou オキナカ イチロウ
子供の虐待、無差別殺人事件、高齢者の行方不明事件を日本の文化崩壊三大事件と言っている評論家がいました。 子供の虐待では、その親が子供時代に虐待を受けた人が起こす傾向にあると言う。

帰る場所がない

Novotny, Jerry (OMI) ノボトニー・ジェリー
母親が地平線を見つめている。彼女がたもとに座っている木の合間から焼けつくような太陽が見える。 6人の子供たちが周りに集まり、彼女は生後18カ月の赤ん坊に授乳している。彼女は言う。「 ここ数日は本当にひどいことばかりで、とても辛い思いをした。十分な食べ物がなく、生のキャッサバしかなかったので、 それを子供たちに与えた。子供達が疲れたら、みんなで休み、子供たちには水を与えた。」

「美しい国」と「愛の文明」

Itonaga, Shinnichi イトナガ・シンイチ
安倍首相の「美しい国」という表現には正直驚いた。しかし、考えてみれば、なかなか面白い発想であり、 検討に値すると思う。これに対する教会の見方は何であるかとの質問もあるので、わたしの意見を述べてみたい。

日曜論壇 「満」と数え年

Genyu Sokyu ゲンユウ ソウキュウ
最近の新聞の死亡記事は、満年齢で書かれることが多い。うちの寺では死亡年齢を「数え年」で書くため、 ちょっとした混乱が起こることもある。まぁ混乱といったって、生き返るほどのことはないが……。

映画『ペイフォワード』の言葉

Mizutani Morihito ミズタニ モリヒト
冒頭で中学の先生が生徒に授業で語りかける言葉 「君たちのまわりには世界というものがある。そして、 その世界をいくら拒もうとしてもいつかはそれに関わらざるを得なくなる。だから今から世界について考えておくべきだ」

ホスピスケア

Oota Minoru オオタ ミノル
昨日は司祭たちの集会で、岡崎ホスピスケアの代表の二名の女性が講話をしてくださいました。

こころと魂の健康(4)自己対話

Watanabe Toshihiko ワタナベ トシヒコ
私は、子どもの頃よく三面鏡の前に座り自分の姿を映して遊んだものです。 三面鏡の前に立つと三方向から別々の自分の姿が映し出されるからです。それが楽しかったのです。

『命をつなぐ』ということ。

Okada Morio オカダ モリオ
実際には2時間ほど仮眠がとれたのですが、それでもこの歳になると睡眠不足は応えます。。。

生死の移行期間

Takami Haruhiko タカミ ハルヒコ
時折、ぼこにゃんが目の前にいることが現実なのか夢なのか一瞬分からなくなることがある…と薄々思っていたら、 実は妻も同じようなことを思っていたようです。

「主張」と「責任」から見る人物評価

Editorial オピニオン
当方は若い時に日本を後にし、欧州に住みだしたせいか、 いわゆる日本の戦争文学や歴史小説を読む機会がまったくなかった。ところが、 帰国していた知人が日本から買ってきた本をたまたま借りることができた。書名は大岡昇平の「ながい旅」(角川文庫)だ 。

臓器提供:困った真実

Shea, John B. シー・ジョン
臓器を入手する方法自体が道徳的に正しければ、臓器提供は道徳的に正しい行為と言える。これが通用する状況が説明されている。重要な問題は、「脳死」と宣告された場合、あるいは「心臓死」である場合に、その人が本当に死亡しているかどうかである。その答えは、科学的証拠に照らし、心臓死または脳死の基準が、患者が本当に死亡しているかを確実に示すことが立証されていないことにある。Mauro Cozzoliは、胚の地位に関する記述において、「我々が人間を扱っているかどうかの不確実性は、理論、原理または教義上の立場(dubium uris)において、抽象的な疑念ではない。したがって、それはヒトの生命、ヒトが今ここに存在することに関する事実(dubium facti)についての疑念なのである。」と記している。真の意味において、「確実性と同じ義務が生じるのである。

中絶賛成派は決して敬虔なカトリック教徒ではない

Brown, Judie ブラウン・ジュディ
一世紀から教会は中絶すなわち子宮内の無力な赤ん坊を殺すことの道徳悪を唱えている。第五の戒律は正義と平和のために働き-可能な限り戦争を回避する-最も極端(かつ希少)な状況に対しても人命を守るために死刑の使用を制限することも説いている。他人の生命を奪う権利は神にしかない。我々が‐自己防衛や他の人を守るために‐その行為を自ら行う場合、他の選択肢が全くない事を確認するべきである!また、病気、死が間近に迫っている、身体障害を負っている、あるいは精神を患っている人を安楽死させたりその生命を故意に奪ったりすることは道徳的に許されない。教会は病気の人々に対して行われるべき通常の医療を要求しているが、高負担、危険あるいは極端な医学的処置が必要とは限らない。

いのちの福音
Evangelium Vitae

Documents,Official ドキュメント,公文書
第二バチカン公会議は、人間のいのちに対する多くの犯罪と攻撃を強く弾劾しました。その妥当性は今日も変わりません。公会議から三十年後、わたしは公会議の言葉を再び取り上げ、公会議と同じ強さをもって全教会の名においてあの弾劾を繰り返します。わたしは、あらゆる公正な良心の真の意見を代弁していると確信します。「あらゆる種類の殺人、集団殺害、堕胎、安楽死、自殺などすべて生命そのものに反すること、傷害、肉体的および精神的拷問、心理的強制などすべて人間(ペルソナ)の十全を侵すこと、人間以下の生活条件、不法監禁、流刑、奴隷的使役、売春、人身売買などすべて人間の尊厳に反すること、また労働者を自由と責任のある人間(ペルソナ)としてではなく、単なる収益の道具として扱うような悪い労働条件など、これらのすべてと、これに類することはまことに破廉恥なことである。それは文明を毒し、そのような危害を受ける者よりは、そのようなことを行う者を汚すものであって、創造主に対するひどい侮辱である」

クローニングに対する考察

Documents,Official ドキュメント,公文書
しかしながら、ジャーナルNatureの1997年2月27日号に発表された、スコットランド人科学者で、エジンバラのロスリン研究所のJan Vilmut氏、K.H.S. Campbell氏と彼らチームが行なった羊のドリー誕生のニュースは、世論に尋常でない影響をあたえ、委員会や国、それに国際的な権威によって宣言が公表されるにまでになった。これは目新しいものであり、問題だとも考えられたため、衝撃があったのだ。

平和を実現する人は幸い〜今こそ武力によらない平和を
戦後70年司教団メッセージ

Documents,Official ドキュメント,公文書
日本カトリック司教団はこれまで、1995年に『平和への決意 戦後五十年にあたって』、また2005年には『「 非暴力による平和への道」〜今こそ預言者としての役割を』というメッセージを発表してきました。 戦後70年を迎える今年、ここに改めて平和への決意を表明することにいたします。

他の…