亡くなりゆく人たちの恐怖、残される人たちの不安

YOMIURI ONLINE【新城拓也(しんじょう・たくや)】
2017-03-10


ある休日の昼間のことでした。毎週2回往診している、Qさんの家族からの電話でした。「母が痛がっている。すぐに診に来てほしい」とのことでした。Qさんの娘さんの声は、いつもより緊張していました。これは早く診に行かなくてはと素早く着替えました。私は、子供とショッピングモールへ買い物に行く約束を気にしながら、今の時間に行けば、自分の昼食を抜けば約束通り家に帰ってこれると時計を見ながら計算しました。車に乗り込み、いつもの道を走りながら、それまでのQさんの様子を思い出し、交わした言葉を振り返っていました。

Qさんは、末期の肝臓がんのため自宅で療養していました。医者嫌い、病院嫌いで、今まで大きな病気なく過ごしてきたのですが、身体がだるく、疲れやすくなったため、渋々娘さんに連れられて病院に行くと、その日の検査でかなり大きな肝臓がんがあることが分かりました。もはや積極的な治療をすることもできず、入院する気もないQさんは、その場で今後は治療をしないと決めて、自宅で療養することとなりました。そして私の医院に、病院から連絡がありました。ずっと自宅で過ごしたいと決意が固いことから、治療を引き継いでほしいとのことでした。私はまず、娘さんと医院で面接し、どんな意向なのかを尋ねました。

全文は下記

https://yomidr.yomiuri.co.jp/article/20170302-OYTET50012/?catname=column_sayonar

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